社会
現在、世界では5,500万人以上が認知症を患っており、世界的な長寿命化にともない、2050年にはその患者数が1.4億人にのぼると言われています※。中でも認知症患者の60%から70%を占めるアルツハイマー病は、認知機能障害が現れる前から、「アミロイドベータ(以下Aβ)」というタンパク質の固まりが脳内に蓄積することが引き金となり発症すると考えられています。そのため、Aβを標的とする治療法では、早期診断・早期介入が有効性を高めると考えられていますが、現在、脳内のAβの蓄積状態を調べるために行われている脳画像検査(PET検査)や脳脊髄液検査は、検査できる施設も限られ、また高額な費用や侵襲性の面で患者さんの負担が大きいことが課題となっています。
シスメックスはアルツハイマー病の診断における課題の解決に向け、より簡便かつ迅速に脳内のAβの蓄積状態を把握する技術の開発を進めてきました。2016年2月には、エーザイ株式会社と認知症領域に関する新たな診断薬創出に向けた非独占的包括契約を締結し、互いの技術・ナレッジを交流する中で、シスメックスでは認知症の早期診断や治療法の選択、治療効果のモニタリングが可能な次世代診断薬の創出に取り組んできました。
2023年6月には、自社の全自動免疫測定装置を用いて、血液中のAβを測定し、脳内のAβの蓄積状態の把握を補助する検査試薬を日本で発売しました。簡便かつ迅速な検査が可能で、脳内のAβの蓄積が疑われる患者さんに対し身体的・精神的・経済的負担を軽減する上、早期診断・早期の治療方針決定に貢献することが期待されます。
さらなる取り組みとして、アルツハイマー型認知症の発症前から認知機能障害に至るまでの、各段階での病理変化を示す、バイオマーカーパネルの開発も進めています。
今後も、認知症の予防および治療に対する新しい診断技術の創造に取り組み、患者さんとそのご家族のQOL向上に貢献します。
吉田智一 取締役 常務執行役員 CTO
シスメックスの製品が、まずは日本で、脳内Aβの蓄積を血液で測定できる診断薬として認められたことは非常に大きな一歩です。検査があるからこそ、適切な治療につながる、治療の価値が高まる、ということをまさに体現した事例ではないでしょうか。
今回の血中Aβ検査試薬を一つのモデルケースとし、今後もさまざまなパートナーとの協創によって、検査という立場から新たな医療の形を生み出していきたいと思っています。
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より身近な認知症診断への挑戦
近年、患者さんの身体的負担の低減やQOLの向上に加え、病巣の早期発見、医療従事者が安心して治療に集中できる環境の提供、また地域間の医療格差是正など提供される医療の均てん化という社会的課題の解決が求められています。外科手術では、患者さんの身体的負担軽減などを目的として行われる腹腔鏡手術において、医療従事者のより的確な施術を支援する手術支援ロボット※1が活用されています。手術支援ロボット業界の市場規模※2は、年平均成長率(CAGR)13%で成長し、2030年にはグローバルで約2兆円に達すると予測されています。
シスメックスでは、2021年に手術支援ロボットの国内市場導入を本格開始し、現在では泌尿器科、消化器外科、婦人科、呼吸器外科領域で保険適用となり、2024年3月末時点で累計4,225症例となりました。本手術支援ロボットは人の腕のようになめらかに動くオペレーションアームに、フルハイビジョン3Dシステムで細部まで鮮やかに映し出される高精細画像など、医療の進化に貢献することを目指して開発されました。将来的には、医師の高度な手技をAIが学習することにより、術式のフィードバック機能や術中ナビゲーションによるアシスト機能、また遠隔指導や遠隔トレーニングを可能とすることで、医療従事者の技術・知識向上に貢献することが期待されます。
2023年には、約5,000km 離れたシンガポールと愛知の2拠点間で、手術支援ロボットシステムを用いた遠隔手術の実証実験に成功しました。シンガポールと日本を結んだ実証実験は国内初となります。
今後も、検査・診断で培った技術・知見と手術支援ロボットとの融合により、手術前の検査から、手術中、手術後の検査・治療など、一人ひとりの患者さんのヘルスケアジャーニーがより良いものになるよう、サージカルインテリジェンスへの取り組みおよびデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進に取り組んでいきます。
医療従事者の方々の負担が減るとともに、その先にいる多くの患者さんにより良質かつ適切な医療を提供できるという流れをつくりたい、そのような想いがあります。医療に携わるすべての人々が働きやすく、かつ患者さんにとっては病院に通うことを前向きに受け入れられるような社会をつくる手助けがしたい。壮大な夢かもしれませんが、その使命を原動力に日々向き合っています。
感染症の治療のために使われる抗菌薬を不適切に使用すると、体内の細菌を十分に死滅させることができず、生き残った菌は薬剤耐性菌となることがあります。この薬剤耐性菌が増殖すると、抗菌薬が効きづらい状態となり、本来は軽症で回復できるはずの感染症でも治療が困難になります。薬剤耐性(AMR※1)対策を講じなければ、2050年には、AMRが原因で亡くなる人の数は年間1,000万人にのぼると予想※2されています。これは、がんによる死者数を上回ると推定される高い数字であり、世界保健機関(WHO)をはじめとするさまざまな団体によりAMRは世界全体で取り組むべき社会的課題として位置付けられています。
シスメックスは、ヘルスケアに携わる企業として、この課題解決に向けた新たな検査技術の確立と製品開発に取り組んでいます。2023年6月には、尿路感染症※3が疑われる患者さんの尿検体を用いて、細菌の有無および抗菌薬の有効性を判定する迅速薬剤感受性検査システムを欧州で発売開始しました。従来の手法では数日を要していた薬剤感受性検査(Antimicrobial Susceptibility Testing: AST)※4について、独自のマイクロ流体技術※5を用いて、測定開始後最短約30分での迅速判定を可能とすることで、クリニックなどプライマリケアにおける初診時の適正な抗菌薬の処方を支援します。
そして2024年、このシステムが英国最大の科学賞「Longitude Prize on AMR」を受賞しました。同賞は、医療現場での適切な抗菌薬の処方に必要とされる安価・迅速・正確かつ簡便なPOCT※6システムの開発を通じて、AMR対策へ最も貢献した開発者チームを奨励・支援するものです。2014年11月の同賞の開設以来、世界中から250以上の開発チームから応募が寄せられました。
シスメックスでは今後も、革新的な検査・診断技術の開発および提供を通じて、世界を脅かすAMR対策に貢献することを目指します。
梅野「いつでも手軽に検査ができ、すぐに結果が分かるということは、医療の効率化や患者さんのQOL向上だけでなく、その結果として医療従事者と患者さんに安心を提供することなんだと考えています。」
オルソン「私たちが開発した製品は、検査の土台となるプラットフォームであり、アプリケーションを変えることでさまざまな疾病に関する検査が可能な製品として展開ができると考えています。AMRによってつらい思いをする人を一人でも減らせる世の中を目指して、これからも取り組んでいきます。」