社会

医療アクセスの向上 - グローバルヘルス・UHCへの取り組み -

 現在、地球規模で人々の健康に影響を与え、その解決に国際的な連携が必要とされるグローバルヘルス分野の課題が多く存在します。そのような課題の多くは、医療環境や医療制度など保健システムの未整備により、適切な医療を受けることが困難な地域の人々の健康を脅かしています。
 シスメックスは、グローバルヘルス分野において、自社の事業領域である検査・診断における課題の解決に取り組んでいます。グローバルに事業を展開する企業が果たすべき責務の一つとして、一人でも多くの方が適切な医療を受けられるよう、新興国・開発途上国において質の高い検査を普及させることで、ユニバーサルヘルスカバレッジ(UHC)に貢献していきます。

  • 全ての人が、適切な健康増進、予防、治療、機能回復に関するサービスを、支払い可能な費用で受けられることを意味する。

 

マラリア・エリミネーションへの貢献

 マラリアとは、世界保健機構(WHO)が定める世界三大感染症の一つで、熱帯・亜熱帯地域を中心に流行し、蚊を媒介に引き起こされる感染症です。マラリア検査には血液検体が用いられることから、シスメックスは、ヘマトロジー分野で培った技術を応用し、マラリア検査の標準化と効率化を支援する多項目自動血球分析装置を開発しました。マラリアは、早期診断・早期治療により死亡者数を減らすことができる疾患であり、診断に有用な検査結果を迅速かつ容易に提供できる本製品を臨床現場へ提供することで、マラリア・エリミネーションに貢献しています。

マラリア検査のイノベーション

 現在主流となっているマラリア検査は、簡易診断キットや顕微鏡が用いられますが、いずれも前処理を含めて約15分から30分の時間がかかる上、顕微鏡検査には熟練の技術を要することが課題でした。それに対して当社の分析装置では、前処理作業を伴うことなく、マラリア原虫などに感染した赤血球の有無とその比率を約1分※1で高精度に自動測定することができます。※2 加えて、通常のヘマトロジーで測定されるCBC8項目※3も同時に算出することにより、マラリア感染の有無のみならず、貧血状態などに関するデータを臨床現場に提供することが可能です。シスメックスはこの技術・製品を活用し、マラリア蔓延地域の臨床現場を支援しています。
 また、シスメックス株式会社は、2016年よりマラリア対策に関係する研究機関・企業などにより構成されるマラリア・コンソーシアムの活動および運営に参画しています。アジア・アフリカにおいて産官学連携で進められるプロジェクト活動に、「検査・診断」分野で貢献しています。2022年11月に開催された第9回日経・FT感染症会議では、ガーナ共和国での異業種共創プロジェクトに関する活動報告を行いました。

  • 1 検体セットから結果の判定までの時間
  • 2 顕微鏡法によるマラリア診断を置き換えるものではありません。また、本結果のみで診断を行うことはできません。その他の臨床情報を用いた医師の総合的な判断により確定診断がなされます。
  • 3 赤血球数(RBC)・白血球数(WBC)・ヘモグロビン(Hb)・ヘマトクリット値(Ht)・平均赤血球容積(MCV)・平均赤血球血色素量(MCH)・平均赤血球血色素濃度(MCHC)・血小板数(PLT)

ステークホルダーの声

ブルキナファソ医療従事者インタビュー
ブルキナファソ医療従事者インタビュー

 従来のマラリア検査は時間がかかり精度も低かったのですが、シスメックスの分析装置を使うことで、より正確かつ迅速な診断が可能になりました。分析装置の操作は簡単で、1検体ずつ測定することも、複数の検体を自動測定することもでき、用途に応じて適切な測定方法が選択可能です。さらに、ヘモグロビン値をはじめ幅広い測定項目から多くの情報が得られ、マラリアの疾患管理に役立ちます。
 ブルキナファソをはじめとしたマラリアが流行している地域では、シスメックスの分析装置に対する必要性が高く、子供たちの治療にも大いに役立っています。マラリアとの闘いにおいて、この分析装置が多くの医療機関に導入されることを願っています。

HIVの診断や治療の質向上への貢献

CD4陽性リンパ球検査システム
CD4陽性リンパ球検査システム

 シスメックスは、シスメックス パルテックが開発・製造する CD4陽性リンパ球検査システムを新興国や開発途上国で提供しており、本システムによる2011年からの累計テスト数は3,000件にのぼります。このシステムは、血液中のCD4陽性リンパ球の数と比率をわずか3分で測定し、低価格・小型・ポータブル式であることに加え、メンテナンスを簡略化するなど、簡便かつ迅速、安定的な検査を支援しすべての方に平等に検査を提供することを目指しています。
 またこのシステムは、WHOによる事前認証(Prequalification)を取得しており、医療資源が限定される国や地域への導入が促進され、新興国や開発途上国におけるHIVの診断や治療の質向上に貢献しています。

  • 医薬品・検査・ワクチンなどのヘルスケア製品を資源の限られた国々で安心して使用できるようにするため、WHOが品質や安全性、効能などを担保していることを示す認証制度。 2001年にHIV/AIDS用の医薬品向けに制度が開始され、現在では新興国・開発途上国が物品調達時に参照するリストとして使われ、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(Global Fund)をはじめとした基金団体がこの事前承認を受けた製品を優先的に選択している。

保健システム強化への貢献

 新興国・開発途上国では、保健医療課題解決に向けた医療従事者の能力開発(キャパシティビルディング)が求められています。シスメックスは、医療機関などへ製品・サービス&サポートを継続的に提供するとともに、医療従事者に対するトレーニングや学術情報を提供する機会を拡充しています。臨床検査の意義・臨床的価値の訴求、技術の普及などを通じて、疾患の早期発見・早期治療やより適切な診断・治療の提供に貢献しています。

医療従事者へのトレーニングの充実

 シスメックスは、シスメックスアカデミーとよばれるトレーニングセンターを設置するとともに、オンライントレーニング Caresphere™ Academyを使ってグローバルで統一された教育コンテンツ・スキル管理ツールを提供し、販売代理店や医療従事者に向けた臨床的価値の教育や装置のメンテナンス研修を行っています。また、アフリカでは検査室の品質管理体制が国際基準ISO 15189に準拠するよう、独自に開発したメンターシップ・トレーニングを提供しています。

質の高い検査データ提供のための技術支援

モンゴル保健省との契約締結式
モンゴル保健省との契約締結式
 シスメックスは、アジアにおいて、中国やモンゴル、カンボジア、ミャンマー、タイ、フィリピンにおいて、臨床検査の品質・精度向上のための支援活動を行ってきました。
 モンゴルにおいては、従来のヘマトロジー・生化学・免疫分野に加えて、2022年からは新たに血液凝固分野にも対象を拡大し、支援活動を継続しています。現地の臨床検査技師に、技術的、学術的ノウハウを提供するとともに、国家的に実施される血液形態検査の外部精度管理のしくみの構築・運営を支援することで、モンゴルの医療水準の向上に貢献しています。カンボジアにおいても、血球計数検査の外部精度管理において同様の活動を展開し、臨床検査の質向上を支援しています。
 また中国では、2002年より血球計数検査の国家の標準器として、当社の血球計数標準器が採用されており、これを元に中国国内における全ての血球計数装置の登録検査や外部精度管理が行われています。また、血液検査・基準測定操作法の技術移管・技術交流、臨床検査国家ガイドラインの策定支援などの継続的な支援とともに、2019年度からは最新型の標準器の貸与を行っており、中国における血球計数検査の精度向上および検査の標準化に貢献しています。
  • 血球計数検査の国家標準の値(赤血球数、白血球数)を決めるための装置

国際協力機構JICAとの官民連携プロジェクト

 シスメックス株式会社は、JICA「開発途上国の社会・経済開発のための民間技術普及促進事業」において、2018年から 2022年まで「尿検査自動化技術普及促進事業」を実施しました。ガーナの国立教育病院であるKomfo Anokye Teaching Hospital (KATH)へ尿検査を全自動化する尿検査総合搬送システムを導入し、現地の医療従事者に向けたセミナーやシンポジウムを開催し、参加者数は延べ約860名となりました。また、本事業がSDGs推進への取り組みとして評価され、「JICA-SDGsパートナー」として認定されました。今後も尿検査自動化技術の臨床的価値や有用性を訴求し、ガーナをはじめとする開発途上国における質の高い臨床検査の普及に貢献していきます。

  • 2020年8月~2022年2月
  • JICA技術普及促進事業の成果報告会
    JICA技術普及促進事業の成果報告会
  • KATHに設置された尿検査総合搬送システム
    KATHに設置された尿検査総合搬送システム

在外日本大使館との官民連携

 シスメックス株式会社は2022年、インドネシア日本大使館による「草の根・人間の安全保障無償資金協力案件」における「東ヌサ・トゥンガラ州中北部ティモール県ハンセン病院における医療機材及び救急車整備計画」を通じて、ヘマトロジー分野や尿検査分野の分析装置を現地の感染症病院に導入しました。
 この取り組みを通じて、現地の医療環境の改善やハンセン病患者さんへの適切な治療機会の提供に貢献します。

JICA研修員の受入れ

 シスメックス株式会社は、JICAと協力し、医療従事者の知識・スキル向上を目指して、1994年より機器の保守・管理、病院経営などに関するトレーニングを提供しています。COVID-19の影響下オンラインで継続してきたトレーニングは2022年度より対面での開催が再開し、当社を訪問いただいた研修員は1,000名を越えました。

パートナーシップ

 開発途上国では現在、経済発展の各段階における医療課題に応じた医療インフラの整備が課題となっている一方、将来の市場として成長が期待されています。正確な検査結果は適切な医療への入口となることから、シスメックスは保健省や医療機関などのパートナーとして関係構築を行い、各国・地域における質の高い検査を普及させるための制度づくり、検査環境の整備を進めています。また、国際協力や官民連携の枠組みの活用や、他の民間企業との連携を通じて新たな価値の共創に取り組んでいます。

異業種連携による共創プロジェクト ~「ユニバーサル『栄養』ヘルス・カバレッジ」への貢献~

 ガーナでは、国民の死亡・障害を引き起こす最大の危険因子である栄養失調と、死因の1位※1とされているマラリアが深刻な保健課題となっています。栄養失調は、胎児・乳幼児の身体と脳の成長を遅らせる発育阻害の要因となる上、マラリアの重症化リスクを高める貧血も引き起こします。さらに5歳未満の乳幼児や妊婦は、マラリアによる健康被害が特に大きい※2ため、栄養・貧血・マラリアの課題を同時に考える統合的なアプローチが求められています。
 シスメックス株式会社は、2022年より公益財団法人味の素ファンデーション、日本電気株式会社(NEC)と連携し、ガーナにおける母子の保健と栄養の改善のための共創プロジェクトを開始しました。これは従来、味の素ファンデーションがガーナ政府保健機関と協業してきた母親の行動変容促進や、栄養サプリメント推奨などの活動を発展させるもので、質の高い検査と日本発のICTを組み合わせ、母子の健康と栄養の改善に貢献する仕組みを構築するものです。シスメックスは、医療機関へのマラリア診断装置導入や医療従事者に対する人材育成・啓発活動などを担います。

  • 1 The Institute for Health Metrics and Evaluation (IHME)
    https://www.healthdata.org/ghana
  • 2 5歳未満の子どもは、マラリアと栄養失調の両方に対して特に脆弱であり、栄養失調の子どもではマラリアがより重症化する可能性がある。また、マラリアは、妊婦の貧血・死亡、自然流産、死産、低出生体重児、新生児・乳児死亡など、母体と新生児の予後不良のリスクを高める。
    Nutrition and Malaria: Integrated approach for effective case management
パートナーシップ

「グローバルヘルスを応援するビジネスリーダー有志一同」による取り組み

 グローバルヘルス分野に貢献する日本企業の経営者ら有志「グローバルヘルスを応援するビジネスリーダー有志一同」に、当社代表取締役会長の家次恒が参画しています。2022年4月、本有志団体は、岸田文雄首相に対し「我が国の新しい成長産業としてのグローバルヘルス~成長と分配の好循環のグローバルな展開~」と題する要望書を手交しました。

 本要望書では、グローバルヘルス分野のODAの倍増、「新しい資本主義」の成長戦略の柱としてグローバルヘルスを位置付けること、この分野への日本企業の貢献を可能とする支援を強化することが要望されています。
 また、同年8月には第8回アフリカ開発会議「TICAD8」の公式サイドイベントとして、特別ゲストのビル・ゲイツ氏とともに、有志企業11社が「グローバルヘルス・アクション」を発表しました。シスメックスは「検査・診断技術によるマラリアとの闘い」というタイトルでプレゼンテーションを行い、マラリアのない世界の実現に挑戦する意思を表明しました。
 2023年3月には「第2回 グローバルヘルス・アカデミー」に登壇し、グローバルヘルス分野の官民学連携の重要性を発信するなど、継続的な取り組みを行っています。

  • 地球規模課題としての保健医療分野、特に公衆衛生分野、感染症対策分野での支援および事業
グローバルヘルス・アクション

グローバルヘルス技術振興基金「GHIT Fund」に参画

 シスメックス株式会社は、「開発途上国の人々が感染症による苦難を乗り越え、先進国と同様に繁栄と長寿社会を享受できる世界を目指す」を活動のビジョンとする公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)に2015年より参画しています。GHIT Fundの活動は第2期目(2018-2022年)として、当初の「製品開発」から「その製品を必要としている人々へ届ける活動」にシフトしています。当社も引き続き GHIT Fundの第2期の活動に参画し、日本発の技術革新による新たな感染症診断薬の開発・提供に向けた取り組みを推進し、開発途上国における感染症撲滅に貢献していきます。

  • 「シスメックス」はシスメックスグループを、「シスメックス株式会社」は、シスメックス株式会社単体を指します。