ストーリー

世界を脅かす「薬剤耐性(AMR)」に、新たな検査技術で立ち向かう

~シスメックスグループ一丸となり、社会的課題の解決に取り組む~

世界全体で取り組むべき社会的課題として位置付けられる「薬剤耐性(AMR:Antimicrobial Resistance)」。シスメックスはヘルスケアに携わる企業として、この課題解決に向け、新たな検査技術の確立と製品開発に取り組んでいます。今回は、AMRに対する取り組みの重要性についてご紹介するとともに、本事業に携わる従業員の対談を通じて、シスメックスグループのAMR対策に懸ける想いに迫ります。

 

抗菌薬の不適切な使用により広がる「薬剤耐性(AMR)」

感染症の治療のために使われる「抗菌薬」は、人々にとって身近な存在といえるもの。この抗菌薬を適正に使用するには、主に次の3つのポイントがありますが、同時にさまざまな課題を含んでいます。

一つ目は「適切な抗菌薬の処方」。これを実現するには、患者さんが感染している細菌の種類やどの抗菌薬が効果的かを調べることが有効ですが、検査をしてから結果が出るまでに数日かかってしまうため、初診時には検査結果に基づいて抗菌薬を処方することが難しいという現状があります。二つ目は「不要な抗菌薬を使わないこと」。実際には細菌に感染しておらず服用の必要がなくても、タイムリーで適切な検査の提供ができないため、不要な抗菌薬が使用されてしまうケースがあります。三つ目は「患者さんの適切な服用」。患者さんの判断により、処方された抗菌薬を最後まで飲み切らずにやめてしまう、余った抗菌薬を別の機会に使用してしまうなどの事例が確認されています。

こうした抗菌薬の不適切な使用により引き起こされるのが、「薬剤耐性(AMR)」という問題です。抗菌薬を不適切に使用すると、体内の細菌を十分に死滅させることができず、生き残った菌は、薬剤耐性を持つ「薬剤耐性菌」となることがあります。この薬剤耐性菌が増殖すると、抗菌薬が効きづらい状態となり、本来は軽症で回復できるはずの感染症でも治療が困難となり、重症化や死亡に至ってしまうことがあります。

2050年には、AMRが原因で亡くなる人の数は年間1,000万人に上ると予想※1されています。これは、がんによる死者数を上回ると推定される高い数字であり、世界保健機関(WHO)をはじめとするさまざまな団体によりAMRは世界全体で取り組むべき社会的課題として位置づけられています。

 

  • 1 出典:アクションプラン. https://amr.ncgm.go.jp/medics/2-4.html (参照 2022-11-11) 

迅速な検査で医療をサポートしたい

AMRに対し、シスメックスは適切な投薬への判断につながる迅速な検査を実現することに注力しています。尿中に出現する細菌や白血球などの成分を検出する尿検査装置の提供により尿路感染症の診断をサポートし、不要な抗菌薬投与の抑制など適正な治療の提供に貢献しています。

さらに新たな取り組みとしてシスメックスは、効果のある抗菌薬を迅速に判断できる検査技術の確立および製品開発をグループ企業と進めています。そのグループ企業とは、スウェーデン・ウプサラで創業したAstrego※2。同社は、尿検体から検出した菌に対し、抗菌薬の効能を調べる「薬剤感受性検査」を迅速に実施できる独自技術を有しており、2017年の会社設立後、製品化を進めてきました。
 


 

一方、シスメックスは経営目標において「プライマリケアの進展に貢献するソリューションプロバイダー」をポジショニング目標の一つに設定し、検体検査領域で培った診断技術とITの活用、そして医療アクセスの向上に貢献するソリューションの提供に取り組んできました。

こうした経緯から、両社は2019年12月にシスメックスがAstregoへの出資を行うことに合意。その後、共同で製品開発に取り組み、シナジーを一層強化することを目的に、2022年5月にAstregoはシスメックスグループの一員となりました。
 

  • 2 シスメックスによる完全子会社化に伴い、2022年5月に社名を「Astrego Diagnostics AB」から「Sysmex Astrego AB」に変更。


シスメックスとAstregoのパートナーシップとこれまでの歩み、そしてAMR対策に懸ける想いとはどのようなものなのでしょうか。ここからは、HUP事業本部 プライマリケア事業推進部 課長の梅野哲嗣と、Sysmex Astrego AB CEOのMikael Olsson(ミカエル・オルソン)による対談をお届けします。

 


「感染症診断におけるアンメットメディカルニーズに何としても応えたい」

梅野:   シスメックスとAstregoの出会いは2018年にさかのぼります。私はプライマリケア領域の技術探索を担当しており、その活動の中でAstregoの存在を知りました。「感染症診断におけるアンメットメディカルニーズ(いまだ満たされていない医療ニーズ)を満たす」というAstregoのコンセプトに深い感銘を受けたことを覚えています。そこから対話を重ねる中で、Astregoの技術は感染症診断を大きく変えるものだと確信しました。

オルソン:   Astregoは、スウェーデンのウプサラ大学の研究室で始まった細菌に関する研究が原点です。約10年の試行錯誤を経て独自の「マイクロ流体技術」を確立し、従来は少なくとも2日間以上を要していた検査に対し、わずか30分という迅速検査を実現するに至りました。製品化の見通しが立った2017年に会社を設立したものの、私たちには市場にアクセスするためのネットワークや資金力に乏しく、製品化を実現するには他社からの協力が不可欠と考えていました。そこでパートナー企業を探していた時、シスメックスとの縁がつながったのです。

梅野:   2019年に出資が決まってからは、Astregoと一丸となり製品開発を進めてきました。当初設定したマイルストーンを順調に達成し、製品化および市場への製品導入の道筋が見えてきたことから、2022年にAstregoはシスメックスグループの仲間となりました。

オルソン:   この2年間は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により本当に多くの困難がありましたが、シスメックスとともに歩みを進める中で、一気に未来が開けたような感覚があります。シスメックスがAstregoを信頼し力強くサポートしてくれることで、自分たちの技術に自信を持つことができました。シスメックスグループの一員になれたことを大変うれしく思っています。

「大切な人の命を奪いかねないAMRという大きな問題に立ち向かっていく」

梅野:   現在は製品の品質向上に磨きをかけている段階ですが、市場導入に向けて注力しているのが、迅速検査の重要性を認知していただくための啓発活動です。AMRは世界中で広く知られているものの、Astregoが確立した検査技術はその新しさゆえに認知度がまだまだ低く、AMRに対する有効なソリューションであることが知られていません。そこで感染症の専門医など、欧州、米国、日本のKOL※3の方々とコミュニケーションを重ねています。とても高い期待を寄せてくださり、「抗菌薬の不適切な使用を減らす」「患者さんに適切な治療を提供する」という製品コンセプトに深い理解と共感を示してくださる方ばかりですが、ここからが本当のスタートです。私たちの技術と製品が感染症に対するアプローチの世界標準として採用されるよう、地道に活動していかねばなりません。
 
オルソン:   2050年には世界中で年間1,000万人もの方々がAMRで亡くなるかもしれないという非常に大きな問題に、私たちは今立ち向かっています。生まれてから一度も使ったことのない人はいないほど、抗菌薬は当たり前に処方されているものですが、その不適切な使用によりAMRが発現してしまうと、やがて命を奪いかねないという事実を忘れてはなりません。また迅速検査の普及が進めば、AMRへの対策はもちろん、がんの治療や外科手術など、抗菌薬が使用される、あらゆる医療シーンに貢献できるはずです。梅野さんが言う通り、着実に取り組みを継続していくことが重要ですね。
 
梅野:   ええ。私たちの活動により、AMR対策が多くの人々にとってより身近でアクセスしやすいものになればいいですね。COVID-19の感染拡大を通じてPCR検査や抗原・抗体検査の存在を初めて知った方が多いと思いますが、同じようにAMRについても身近な問題として、人々の関心を高めていかねばなりません。
 
オルソン:   今ではCOVID-19との共存が当たり前になっています。しかしAMRは、このままでは今以上に深刻な状況に陥ることが分かっている重大な問題であり、何としても、少しでも早く、手を打っていかねばなりません。人類が抗菌薬を使い始めてからまだ80年ほどの歴史しかありませんが、それが今、日に日に崩壊に近づいています。そうした危機感を共有しながら、AMR対策の重要性について引き続き発信していきたいと思います。
 
  • 3 Key Opinion Leader(キーオピニオンリーダー)の略称。医療業界で影響力を持つ医師や専門家のこと。

「検査を通じて、医療に関わるすべての人たちに安心を届けたい」

梅野:   抗菌薬を服用する患者さんだけでなく、医師や医療従事者の視点で考えても、迅速検査が貢献できることは多くあると考えています。例えば、適正な抗菌薬の処方に必要な検査を行う「微生物検査室」は病院にしかなく、地域の診療所にはありません。そのため大半の医師は検査結果ではなく、経験に基づいて抗菌薬を処方するしかないのです。しかし、私たちの検査技術についてある医師からは、「エビデンスに基づいて患者さんに薬を処方できるから安心だ」という声をいただきました。そこで気付いたのは、検査とは、医師と患者さんの信頼関係に直結しているということです。いつでも手軽に検査ができ、すぐに結果が分かるということは、医療の効率化や患者さんのQOL向上だけでなく、その結果として医療従事者と患者さんに安心を提供することなんだと考えています。
 
オルソン:   私も医師の方々の声を聞く中で、印象的なエピソードがありました。「処方された抗菌薬が効かないから別のものを処方してください」と戻ってくる患者さんが少なくないそうなんです。しかし、そうしたケースも私たちの技術をもってすれば解決に近づけることができるでしょう。またある医師からは、「敗血症の検査にも使える製品をつくってほしい」という要望も届いています。私たちが開発した製品は、検査の土台となるプラットフォームであり、アプリケーションを変えることでさまざまな疾病に関する検査が可能な製品として展開ができると考えています。自分たちの可能性を信じ、そしてAMRによってつらい想いをする人を一人でも減らせる世の中を目指して、これからも一緒に頑張っていきましょう。




長年にわたり新たな検査技術の確立と製品開発に取り組んできたシスメックス、そして迅速検査を可能とする独自技術を生み出したAstrego。両社の出会いとシナジーによって、感染症診断に新たな光がもたらされようとしています。シスメックスグループは今後も、革新的な検査・診断技術の開発および提供を通じて、AMRをはじめとする医療課題の解決に取り組み、人々の幸せを支えていきます。




 

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