忙しく働く中で、つい後回しにしてしまいがちな身体の問題。しかし、人生100年時代に健やかにパフォーマンスを発揮し続けるためには、健康や医療に関する正しい情報を入手し活用する「ヘルスリテラシーの向上」が不可欠である。ヘルスリテラシーとはどのようなものか。医療機関で受けるさまざまな検査や定期健康診断の結果に、私たちはどのように向き合うべきなのか。
マウントサイナイ大学アシスタントプロフェッサーで医師の山田悠史氏と、血液検査をはじめとする検体検査領域のリーディングカンパニーであるシスメックス株式会社 取締役 常務執行役員 CTOの吉田智一氏が語り合った。
※NewsPicks Brand Designにて取材・掲載された記事を当社が許諾を得て公開
慶應義塾大学医学部を卒業後、東京医科歯科大学医学部付属病院で研修。その後、日本全国各地の病院の総合内科、総合診療科で勤務。2015年からは米国ニューヨークのマウントサイナイ大学ベスイスラエル病院の内科で勤務し、米国内科専門医を取得。現在マウントサイナイ大学病院老年医学/緩和医療科に所属。NPO法人FLAT理事。合同会社ishify共同代表。
1995年薬学博士取得後、国立循環器病センター研究所で循環器領域研究に従事。その後、外資系創薬企業にて、中枢性疾患、がん領域での創薬研究に従事した後、2000年シスメックス株式会社入社。中央研究所や研究開発企画部門での研究開発を経て、2023年取締役 常務執行役員 CTOに就任、現在に至る。プロフィール写真は、シスメックスの研究開発拠点で撮影。
── いま体調が悪くなければ、自分の健康や生活習慣を顧みないビジネスパーソンも多いと思います。日頃からヘルスリテラシーを高めておくべき理由とは何でしょうか?
山田:ヘルスリテラシーは、医療や健康についての正しい情報を入手し、それを理解して活用する能力のことです。 こう言うと「自分はある程度できている。単に情報収集すればいいのか」と拍子抜けする人もいるかもしれません。ですが、そう簡単なことではありません。
ヘルスリテラシーの高さは、特定の病気による致死率にまで関連する、そんな報告もあるくらい重要なもの。自分の健康、ひいては命までも決定づける要因の一つだと考えているのです。
わかりやすい例では、ワクチンに対する理解度は感染症のリスクに影響を与えたり、健康な生活習慣に対する理解度は高血圧や糖尿病などの慢性疾患の発症や重症化予防に関連したりと、身近な健康のアウトカムにも関連しています。
── 一方で、比較的情報ソースも多様な現役世代は、情報感度も高い傾向にあるのではないでしょうか?
山田:難しいのは、情報が溢れすぎていることです。情報収集には困らないのですが、真偽の判断がつきづらい。
正直に言って、正確な情報より誤情報のほうが多いのではと思ってしまうくらい、正確性に欠ける、あるいは受け手に正しく伝わりづらい情報が出回っています。常に情報を疑ってかかり、点検する姿勢が大切です。
吉田:非常に共感します。身近なところですと、正しい情報を得やすい場所は病院や薬局なわけですが、日本人の気質なのか、担当医や薬剤師に質問をしない人が多いと聞きます。
ヘルスリテラシーを高める第一歩は、身近な医療従事者と積極的にコミュニケーションをとることで、適切な情報を入手し理解することだと考えます。たとえば「なぜこの治療方法なのか」「薬を飲む期間が1週間なのはなぜか」など、疑問に思ったことをどんどん質問することが重要です。
山田:今回の対談相手は、検体検査領域でグローバルに事業展開するシスメックスですが、あえて言及したいことがあります。それは消費者の皆さんが「自分が受けた検査の特徴を理解したうえで、検査結果と正しく向き合えているか」という観点です。
そもそも検査は、臨床現場で活用されるものから、自身で行う簡易検査に至るまで多くの種類が存在します。 また、その検査結果は数値に過ぎません。各検査項目に正常値が設定されていて、そこから外れたら異常、という見方にどうしてもなってしまう。そうした数値に囚われて、間違った意思決定をしてしまうケースも実際に存在しています。
だからこそ本当に重視しなければいけないのは、次の2点だと考えます。
1つ目は、大前提として検査そのものの品質、有益性が確かな検査なのか。つまり、科学的根拠が確立された検査なのか。
2つ目は、検査を受ける前に患者さんがこれまでどのような生活を送り、体調がどのように変化してきたか。そうした「検査を受ける前のストーリー」には検査値以上の意味があります。
吉田:問題提起をありがとうございます。私たちシスメックスは、検体検査の領域で50年以上の歴史を持つ会社です。
検体検査は、病気の診断や治療方針の決定、治療経過のモニタリングなど、医療に不可欠なものです。そうした検査に必要な機器や試薬、ソフトウェアの研究開発から調達・生産、販売、サービス&サポートまでの一貫したバリューチェーンを有しています。
その中で私たちが常に考えているのは、「検査で病気を作ってはいけない」ということです。検査の数値が間違っていて病気を見逃す、ということは何としても避けなければいけません。そこを一丁目一番地として、私たちは「検査の正確さ」に徹底して向き合ってきました。
患者さんや医療従事者の方などすべての皆さんへ「確かな“安心”をお届けする」これはシスメックスが創業以来変わらず大切にしてきた想いです。
そうした想いのもと、時代のニーズに応じた製品・サービスを世界190以上の国や地域に提供し、いまではヘマトロジー(血球計数検査)、血液凝固検査、尿検査の3つの分野で世界No.1のシェアを獲得しています(※)。
※2024年3月末時点の開示情報に基づくシスメックス推定。他社とのアライアンスを含む。
── では検査を受ける側は、検査結果をどのように活用したらいいのでしょうか?
吉田:山田先生がおっしゃるように一時的なスポットの数値だけでなく、一連のジャーニー(旅路)として継続的に見ていくのがいいと考えます。まずはご自身の数値がここ数年でどう変化しているのか、その推移を気にして見てほしいですね。
たとえば職場や自治体で受ける健康診断の結果をデータとして蓄積し、急激な数値の変化はないかと時系列で見てみるなど。そこで得られた示唆を元に、何か不安があればかかりつけ医に相談することから始めても良いかもしれません。
山田:やはり健康診断も、結果について相談する相手がいるのは非常に大事ですよね。実はこの点、日本の制度は少しややこしいのです。
というのもアメリカでは、健康診断もかかりつけ医が行います。ですから、馴染みの患者さんに対して、責任をもって結果をレビューする工程が自動的に発生します。
しかし、日本では職場や自治体の主導で健康診断が行われています。かかりつけ医とは離れたところで行われるため、同様のプロセスが発生しないのです。ですから、日本の場合は患者さん側が主体的に、かかりつけ医に相談する必要があります。
── 検査技術の進化に伴い、私たちが身につけるべきリテラシーも変わると思います。検査は今後、どのように進化していくのでしょう?
吉田:これからは、そもそも病気にならないようにするための予防医療の考え方が世の中に浸透し、個々人の身体にあった検査と治療が組み合わされた個別化医療が進展すると考えています。その人の特性と、病気の特性に鑑みた診断によって、治療がデザインされていくのです。一概に「◯◯病」と言っても、一人ひとりの体質や病態も異なるため、患者さん一人ひとりに合わせた個別最適な医療アプローチが求められます。
シスメックスは、がん組織の遺伝子を網羅的に解析するがん遺伝子パネル検査システムを提供し、2019年に日本で初めて保険適用されました。こうしたがんゲノム医療の社会実装が進めば、個別化医療をさらに身近なものにしていけると考えています。
山田:医師の立場から見ても、信頼できる企業の提供する検査においては、検査精度の向上や対象疾患のカバー範囲の拡大は、医師の診断精度の向上や、いままで診断が難しかった病気の診断にもつながると考えています。
そうした検査技術の進化は、確実に医療現場の発展につながる一方で、医療経済性における「費用対効果」という難しい問題もありますよね。たとえば、ある種類のがん検診は、対象年齢が40歳以上となっているけれども、AさんとBさんは、まったく違う個体なのに同じ40歳スタートでいいのか、と疑問に思ったことがある人もいると思います。実は、この問いに医療はまだ答えを出せていないんです。
吉田:そうなんです。日本国民全員の遺伝子検査を実施したうえで、検査開始年齢を振り分けたら、検査代だけで膨大な医療費がかかりますし、オペレーションも複雑になります。
医療にかかるコストと効果のバランスを見極めなければなりません。この問題に対してシスメックスは、より適切なコストで、より早く、より正確な検査を提供し、そうしたジレンマの解消に寄与していきたい。
── 未来の予防医療や個別化医療に対して、シスメックスはこれからどのような形で貢献していこうとされているのでしょうか?
吉田:健康を捉えるには長期の視点が重要です。シスメックスとしても、皆さん一人ひとりの健康診断や精密検査、治療・手術など、人が一生の中で経験する一連の「ジャーニー」に寄り添いたいと考え、企業の長期ビジョンにも「より良いヘルスケアジャーニーを、ともに。」を掲げています。
我々が強みを持つ血液検査は、検査の初期段階で実施されるものであり、身体を知る入り口のようなものだと考えています。何と言っても、血液は爪と髪の毛以外、体中をくまなく巡っている。感染症の有無から臓器の状態、貧血の状況やコレステロール値まで、さまざまな情報を血液から読み取ることができます。
そうした検査技術を用いて、医師をはじめとする医療従事者の皆さんも含めたチーム体制で、個々人のジャーニーに寄り添い、人々の健康を支えるために何ができるかを考え続けていきたいと思います。
山田:ヘルスケアジャーニーは、医師だけでも患者さんだけでも描けませんから、横のつながりを作っていくのは大事ですよね。情報の溢れる社会で、より良いヘルスケアジャーニーを選んで歩んでいくことは、ますます難しいものになりつつあると思います。
私自身、老年医療の現場で働く中で、若いときの働き方や生活習慣を後悔している高齢の患者さんたちを大勢見てきました。人は健康のために生きているわけではありませんが、悲しいかな、年齢を重ねれば重ねるほど、健康が幸せな人生を形づくる重要な要素の一つであることを、皆さん、痛感するようです。歳をとってから後悔する人を少しでも減らしたいですね。
吉田:おっしゃるとおりですね。将来後悔しないためにも、第一線で活躍するビジネスパーソンの皆さんには、正しい情報を入手し、検査結果も賢く活用しながらヘルスリテラシーを高めていく意識を持っていただければ嬉しいです。
また自分自身のヘルスケアジャーニーだけでなく、パートナーや子供、親、兄弟、友人など大切な方の体調にも気を配る意識を持ち、ともに健康を考え行動する社会を目指したい。
そうした社会の実現に向け、シスメックスは今後も検査に真摯に向き合い、検体検査領域で更なるイノベーションを起こしていきます。さらに、未病・予防や治療領域などの新たな領域にも挑戦することで、皆さんのより良いヘルスケアジャーニーに寄り添える存在でありたいですね。
執筆:横山瑠美
デザイン:月森恭助
撮影:大橋友樹
編集:金井明日香
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2024-11-22 NewsPicks Brand Design
多くの日本企業が、市場拡大のためにグローバル進出に注力するが、海外市場でシェアを獲得し、維持するのは至難の業だ。
そんななか1970年代に海外進出を始め、今もなお右肩上がりの成長を続ける日本企業がある。血液検査をはじめとする検体検査領域を牽引するシスメックスだ。その海外売上高比率は、なんと8割強にも上る。一般的に難易度が高いとされる海外進出を成功させ、成長し続けられる理由は何か。
企業の海外戦略に詳しい慶應義塾大学 総合政策学部 准教授の琴坂将広氏と、シスメックスで販売、サービス&サポートを含めた国内・海外の事業推進を長年牽引している同社取締役 専務執行役員の松井石根氏が、「3つのQuestion」を通して企業がグローバルで勝つ力を読み解いていく。
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