ストーリー

先駆者に学べ。世界で「シェア1位」の理由を徹底分析

多くの日本企業が、市場拡大のためにグローバル進出に注力するが、海外市場でシェアを獲得し、維持するのは至難の業だ。
そんななか1970年代に海外進出を始め、今もなお右肩上がりの成長を続ける日本企業がある。血液検査をはじめとする検体検査領域を牽引するシスメックスだ。その海外売上高比率は、なんと8割強にも上る。

一般的に難易度が高いとされる海外進出を成功させ、成長し続けられる理由は何か。 企業の海外戦略に詳しい慶應義塾大学 総合政策学部 准教授の琴坂将広氏と、シスメックスで販売、サービス&サポートを含めた国内・海外の事業推進を長年牽引している同社取締役 専務執行役員の松井石根氏が、「3つのQuestion」を通して企業がグローバルで勝つ力を読み解いていく。
※NewsPicks Brand Designにて取材・掲載された記事を当社が許諾を得て公開

慶應義塾大学環境情報学部卒。在学中に3社の起業を経験し、卒業後はマッキンゼー・アンド・カンパニーの東京及びフランクフルトに在籍。北欧、西欧、中東、アジアの9カ国で多国籍企業の戦略策定に関わる。 2013年、オックスフォード大学にて博士号(経営学)を取得。立命館大学を経て、2016年から現職。オックスフォード大学サィードビジネススクールのアソシエイトフェロー、上場企業を含むスタートアップの社外取締役も兼務する。著書に『STARTUP 優れた起業家は何を考え、どう行動したか』『経営戦略原論』『領域を超える経営学 グローバル経営の本質を「知の系譜」で読み解く』など。

1985年、東亞医用電子(現シスメックス株式会社)入社。シスメックスとして初となる海外直販を現地担当者として推進するなど、海外グループ会社の販売責任者や海外統括現地法人の責任者を歴任。2001年にヨーロッパの現地法人 社長も経験。長年にわたり国内外の販売・マーケティングなど事業推進に携わり、グローバルな事業展開に貢献。2023年4月、取締役 専務執行役員就任、現在に至る。プロフィール写真は、シスメックスの東京支社で撮影。

Q1. なぜ「モノ売り」モデルから脱却できたのか?

琴坂:実はシスメックスのことは、以前から気になっていました。 私はボーン・グローバル企業(創業初期から国際事業を始めるベンチャー企業)の調査研究をしているのですが、シスメックスはグローバル展開のお手本のような成功企業なんです。
今日は色々と深掘りしてお聞きしたいのですが、あらためてシスメックスの事業内容やビジネスモデルを教えていただけますか?
松井:興味を持っていただいていたとのこと、嬉しいですね。シスメックスは、1968年に創立し、血液や尿などを採取して調べる検体検査領域で50年以上の歴史を持つ企業です。健康診断でも用いられているヘマトロジー(血球計数検査)や、血液凝固検査、尿検査の3つの分野で、世界シェアNo.1を獲得しています(※)。
特にヘマトロジーではグローバルシェア50%以上を占め、世界中のお客様から高い評価をいただいています。

※2024年3月末時点の開示情報に基づくシスメックス推定。他社とのアライアンスを含む。
ビジネスモデルについては、検査機器を作って販売することはもちろん、検査に必要な試薬やサービス&サポートを含めたソリューションを一気通貫でお届けしています。
検査機器の販売時に売上を計上する買い切り型モデルではなく、消耗品である試薬やサービス&サポートを提供することで、継続的に収益を得るモデルです。
 琴坂:近年注目されるようになった「サブスクリプションモデル」を、何十年も前から当たり前のようにやってきた、と言えます。
すなわち、単に商品を提供するのではなく、その使用を通じて得られる価値の提供を意識した事業展開を成功させた、先駆者的企業です。
その一方で、1980〜90年の日本の製造業はこぞって海外に進出していましたが、プロダクトアウトの考えが強く、単発の「モノ売り」モデルから脱却できなかった。
その結果、より安価な海外製品にシェアを奪われたりして、撤退を強いられる、事業成長が鈍化するといった事例が散見されていました。 そんななか、なぜシスメックスは「継続的な収益を上げるモデル」に転換できたのでしょうか?
松井:国内・海外問わず、メーカーである我々がお客様の声を直接聞ける体制を作ったこと。やはりこれが大きいと思います。
シスメックスが海外進出でこだわってきたのは、現地の代理店を介さずに、医療現場のお客様と直接つながってビジネスをすることです。
時には代理店と協業することで現地の商習慣の理解が深まり、取引が円滑に進むなどの利点もあります。ですがこれまでの経験から、代理店経由でお客様の声を又聞きするだけでは、真のニーズを読み解きづらい。
我々メーカーの強みは、このニーズを製品やサービスに反映できることにあります。直接お客様と対話するなかで、日本とは異なる多様なニーズが見えてくる。こうしたお客様の声をもとに製品の改善を行うこと、さらにはメーカーが直接サービス&サポートを提供することで、顧客満足、そして信頼獲得につなげてきたのです。

そうした取り組みのなかで、創業間もない頃、あるお客様から「既存の試薬(※)は品質が安定しない。シスメックスが試薬も作ってくれないか」との声をいただきました。当時、検査機器のみを開発し提供する会社で、いわゆる“機械屋さん”でしたから、専門外の試薬を作り安定供給させることは、非常に難しい経営判断でした。
それでも患者さんのために「正確な検査結果をお届けしたい」、そして必要な時にお客様にお届けすることで「検査を止めてはいけない」との思いで試薬作りを始めたのです。
ですが、最初は本当に手探りで。外部専門家の協力を得ながらトライ&エラーを繰り返し、早期実用化にこぎつけました。
一見“非常識”とも思える意思決定から始まった試薬製造ですが、今では2023年度の品目別売上構成比率は、試薬が約60%を占めるまでになっています。
生産体制も10カ国14拠点まで広がり、有事があっても安定供給できるグローバルな体制を築けています。
 
※試薬とは、血液や尿などの検体から特定の成分を検出・測定できるよう、検体を適切な倍率に薄めたり、目的の物質と反応させたりするための薬品。正確な検査結果を出すために欠かせない。

Q2. なぜ挫折せずに海外進出できたのか?

琴坂:素晴らしいチャレンジ精神ですね。今お話に挙がったような海外進出初期についても、お聞きしたい点がたくさんあります。
万全の態勢で海外進出に挑んでも、すぐに成果が出るとは限りません。むしろ、海外進出初期はコストが伴うため、しばらく辛抱が必要な時期です。しかし、多くの企業は進出初期の赤字に耐えきれずに、早々に撤退を表明してしまいます。3、4年は耐えられても、その先何年も耐えられる企業は稀です。
シスメックスは、なぜ途中で挫折せずに海外進出を推し進められたのでしょうか?

松井:まず言えるのは、シスメックスは事業特性上、「日本にとどまるという選択肢はなかった」のです。
というのも検体検査のマーケットは、人口(検査を受ける人の数)と相関があり、人口が多い国や地域は、市場ポテンシャルが高いと言えます。そのため、日本と世界の人口を見れば、「海外進出なくして、持続可能な企業成長はない。海外で絶対に成功しなければ」という強い志がありました。
シスメックスのグローバル化を牽引してきた当時の社長である家次恒(現シスメックス代表取締役会長 グループCEO)は、「検体検査領域で世界トップ10企業になる」と宣言し、全社にメッセージの発信を続けました。

琴坂:そうしたトップからの強い発信、コミットメントがあったのですね。
一方で、多くの企業は海外市場に出る重要性を認識していても、海外展開には多くのリスクが伴うため最初の踏み出しを躊躇することも少なくありません。海外市場では、自国の市場で培った競争優位性が役に立たず、さらには商習慣の違いや人的ネットワークの乏しさなどの“ハンデ”まである。
こうした不確実性が高く、将来の予測が困難な状況にもかかわらず、なぜシスメックスは海外でシェアを獲得することができたのでしょうか?
松井:もちろん最初からすべてうまくいったわけではありません。最初の転換点は、1991年イギリスでの海外初の直接販売、サービス&サポートに踏み出したことです。
当時、私は「シスメックスとして前例のない、海外におけるメーカー直販を成功させる」というミッションのもと現地に赴任していました。
イギリスに販売子会社を設立した1年目は赤字を計上したものの、その翌年からは巻き返し、黒字化を達成しました。その大きな要因は、長期的な視野で準備をしてきたことにあります。

具体的には、子会社設立よりずいぶん前の時代から、ヨーロッパ各国において、代理店やお客様への技術指導・情報交換などを精力的に展開していました。現地代理店のニーズに合わせたローカライズ製品を作り輸出開始するなど地道な活動を継続するも、ヨーロッパの市場は非常に複雑で、販売網が定まらない時期がしばらく続きました。
その状況を打開しようと、ドイツに駐在員事務所を開設し、これを機にヨーロッパの流通・販売網の整備や、ヨーロッパで影響力を持つKOL(Key Opinion Leader)とのネットワークを形成できました。これがイギリスでの事業にも効いたんです。
 琴坂:なるほど、とにかく先手を打って行動し、成功するための「地ならし」を地道にしていたということですね。 実際に進出する、という意思決定の前に、適切な学びの機会が設定されていたのだと思います。
今海外市場に挑んでいる日本企業にも、参考になる点が多くあると感じました。海外進出を始めて数年は、赤字になって当たり前。戦略的に「下準備」の期間を設けて、長期的な視点で取り組むことが重要ですね。

Q3. なぜ多国展開・シェア拡大に成功できたのか?

琴坂:ここまで、海外進出初期のお話を伺ってきました。その後、さらに多くの国や地域に進出し、各国でのシェアも伸ばしていますね。 この多国展開の土台はどのように築かれたのでしょうか?

松井:シスメックスは兵庫県の町工場から始まり、今では190以上の国や地域で事業を展開しています。
これは、我々のヘマトロジーという圧倒的な強みを軸に他社とのアライアンスやM&Aを行い、販売網の拡大や新事業領域を常に模索し続けてきたことが功を奏したと考えています。
真のグローバル企業としての転換点は、1998年のロシュ社(当時 F・ホフマン・ラ・ロシュ社)とのグローバルアライアンスです。
当時、シスメックスは市場シェアの拡大を模索している時期にありました。ロシュ社はスイスに本拠地を置く世界的な製薬企業ですが、そのロシュ社と販売、共同開発およびIT分野において協業する契約を結び、これが市場シェアの拡大に大きく貢献することになりました。
その後、環境変化に応じて両社の関係を進化させながら、25年以上にわたり強固なパートナーシップを構築しています。

琴坂:1998年当時ですと、御社とロシュ社の間には大きな事業規模の差があったと思います。
なぜロシュ社ほどの大企業が、シスメックスとの提携を選んだのでしょうか。たとえばロシュ社には、自社で開発するという選択肢もあったように思います。

松井:確かに企業規模で考えるとそう思われるかもしれません。ですが当時、すでに我々は検査の自動化で世界の先端を走る「ヘマトロジー」で競争優位性を確立していました。
そうした世界で戦える独自性があったからこそ、対等な立場でのパートナーシップが実現できたのだと思います。

さらに2003年「この機会を逃してはならない」との思いから、ロシュ社に「米国でヘマトロジーの販売・サービスを自社で行いたい」と申し出て、それをロシュ社に受け入れていただき、直接販売、サービス&サポートへ舵を切りました。
広大な米国市場において、顧客満足と効率性の両輪を実現させることは容易ではありませんでしたが、今やサービスの手厚さが現地で評価され、結果的に米国でのヘマトロジーのシェアを当時の10%弱から、現在の圧倒的シェアNo.1へと高めることができたのです。
シスメックスが全世界へ提供するヘマトロジーのフラグシップモデル
琴坂:いやぁ、面白い。グローバル化に成功した企業の多くは、他社との提携や協業を多面的に実現しており、言わば他力の活用で海外展開を加速させています。
シスメックスも多種多様な提携や協業で、急速な多国展開を成し遂げています。
さらに自分たちのありたい姿を明確に描く一方、相手と自社の状況を見ながら、フレキシブルに多様な提携パターンを試行錯誤している点も特徴です。相手との柔軟な交渉、機会を適切に取りに行く姿勢は大いに学びになります。
ここまで過去の取り組みをお聞きしてきました。今後の展開はどうお考えですか?

松井:今注目しているのは、インドです。急速な経済成長や人口増加を背景に、医療インフラ整備への投資が積極的に実施されています。
そのため、検査を含めた医療への高い需要と市場成長が見込まれています。インド以外では、アフリカ大陸にも注目していますね。
これまでの知見やノウハウを生かしながらより多くの国や地域に我々のソリューションを届けていく考え方もあれば、顧客のニーズに根差したソリューションをより充実させたり、新しい研究領域や検査項目を拡大させたりと、さらなる付加価値をつける方向性も模索しています。
たとえば、直近では、わずかな血液からアルツハイマー病の原因物質の一つであるタンパク質の蓄積状態を調べる検査試薬を日本、米国、欧州で発売しました。
血液検査という体への負担が少なくかつ簡便な検査で、病気の早期発見や診断支援、より良い治療機会につながる、新たな検査・診断技術の創出に取り組んでいます。

琴坂:お話を聞いて、地道に顧客のネットワークを広げてきた泥臭さや、本業の領域を飛び越えてまで顧客のニーズに徹底的に応えようとする“クレイジーさ”のようなものが、海外で勝つための要素として重要であると感じました。こうした点は、投資家向けの資料を読んだり、決算発表を拝聴したりするだけでは見えてこないですね。
今回の対談では、世界で評価される事業、急速な国際化の背景に何があったのか、その一部を垣間見られた貴重な機会でした。
これから企業の海外展開をテーマに授業をする際は、シスメックスを事例に使わせていただきたいです。ありがとうございました。
松井:そう言っていただき、嬉しいです。あらためてシスメックスが世界に進出する意義を考えると、自社のソリューションをもっと多くの人たちに届けたいというのが、やはり一番の原動力です。

自社の製品やサービス、それらが提供する価値を含めたソリューションに自信を持っているからこそ、世界中に届けて一人でも多くの方の健康に貢献したい。その初心を忘れずに、これからも邁進していきたいと思います。
執筆:横山瑠美
デザイン:月森恭助
撮影:大橋友樹
編集:金井明日香
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2024-12-6 NewsPicks Brand Design

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