ストーリー

診断装置の普及を通じたマラリア撲滅への挑戦

~早期発見・早期治療に貢献し、1人でも多くの命を救うために~

シスメックスは、持続可能な社会の実現および当社の持続的な成長に向けて優先的に取り組むべき課題の1つに「製品・サービスを通じた医療課題解決」を掲げています。その1つとして取り組んでいるのが、マラリア検査の標準化・効率化を支援し、早期発見・早期治療に貢献することです。マラリア診断装置の市場導入・普及を通じた、マラリア撲滅への挑戦の歩みをご紹介します。

2分に1人、小さな子どもの命が奪われていく

HIV/エイズ、結核と並び、世界三大感染症の1つであるマラリアは、熱帯・亜熱帯地域を中心に広く流行している原虫感染症です。マラリア原虫を保有する蚊に刺され、マラリア原虫が体内に侵入すると、一定の潜伏期間を経て血液中の赤血球に感染。高熱や頭痛、嘔吐、貧血などの症状が現れます。
 
世界保健機関(WHO)が公表した「World malaria report 2020」によると、現在、世界人口の約半数に当たる約40億人がマラリアの感染リスクにさらされており、年間で2億人以上が感染、死亡者数は約40万人に上ります。そのほとんどが、アフリカで暮らす5歳未満の子どもたち。マラリアにより、約2分に1人が命を落としているのです。

 

早期発見・早期治療につながる新たな一手を

マラリアは、診断や治療の遅れがその後の重症化を引き起こすリスクとなるため、早期発見・早期治療が可能になれば、死亡者を減らすことができる疾患です。そこでシスメックスは、これまで積み重ねてきた血液検査の診断技術を生かし、マラリアの早期発見・早期治療への貢献を図るべく、マラリア診断装置の開発について検討を始めました。



マラリアの診断方法とは?
WHOが定めているマラリアの主な診断方法は、マラリア原虫に感染した赤血球を目視する「顕微鏡検査」と、抗原/抗体反応を用いた「簡易診断キット」の2つ。いずれも前処理を含めて約15~30分の時間がかかり、顕微鏡検査ではたくさんの赤血球の中から感染した赤血球を見つけ、さらにはマラリア原虫種を見分ける必要もあり、熟練の技術が求められます。
一方、簡易診断キットは使い方が比較的容易ではあるものの、陰性または陽性の判断しかできず、寄生虫率(寄生虫に感染している赤血球の割合)を見ることはできません。そのため、早期に治療すべき患者の見極めや、診断後の治療において薬の効果がどの程度出ているのかを確認できない等の問題があります。
 




道なき道を進む、手探りからのスタート

「実は、マラリア診断装置のアイデアは1980年頃から社内で幾度となく検討されてきましたが、技術開発の難易度が高く当時は開発を断念していました。今回改めて企画がスタートした際も、どのようなところに市場が広がっているか詳しい実態も分からない、全くの手探りからのスタートでした」
 
そう語るのは、ヘマトロジー事業推進部で新たな診断技術の商品企画や事業推進、共同研究推進を担当する竹内ちあき。「道なき道を進むようだった」と、数年間にわたるプロジェクトを振り返ります。
 
 
 
ターゲットを明確にすべく、はじめに取り組んだのが、マラリア検査の市場調査。マラリアが多く発生しているアフリカやアジアで、どの地域のどのような場所でマラリア検査が行われているのか、検査にかかる費用はどれくらいなのか、また感染症に関する法規制などについて情報収集を進めていきました。
 
すると、マラリアが流行している地域の病院のほか、旅行者や出張者が移動先でマラリアに感染し帰国後に発症するケースに備え、欧州をはじめ先進国の一般病院でも検査体制を整えていること、就労ビザの取得者を対象に、感染の多い地域から海外へ移動する際に出国前後で検査を実施していること、献血での感染防止を防ぐ目的でもマラリア検査が行われていることが分かりました。「装置を開発したところで、本当に必要とされるのか?」社内では当初、そんな疑問も多く聞かれましたが、確かなニーズをつかんだことで、マラリア診断装置の開発に大きく踏み出しました。

マラリア検査の効率化・標準化につながる診断装置

シスメックスが開発したマラリア診断装置は、血液中の赤血球や白血球の数や大きさなどを分析するヘマトロジー分野で培ってきた技術を応用することで、マラリア原虫に感染した赤血球の有無やその数を、迅速かつ高精度に自動判定することができます。


  
2019年には欧州での販売が可能となるCEマークを取得し、2020年には国内で初めて、マラリアの診断補助を目的とした医療機器として薬事承認を取得しました。この装置の特長について竹内はこう語ります。
 
「最大の特長は速さと精度です。顕微鏡検査では30~60分、簡易診断キットでも15分ほどかかっていた検査工程を約1分という短時間で行うことができ、寄生虫率を高精度に算出できます。また、赤血球の数だけでなく、ヘモグロビン、白血球、血小板などの数も同時に計測可能です。ヘモグロビンの量により、マラリアの症状の1つである貧血の度合いをチェックできるため、患者さんの全身の状態を把握することにも役立ちます。前処理を必要とせず、検体をセットして測定ボタンを押すだけという簡単な操作なので、医療現場の負担軽減にも貢献できます」
 
すでに欧州やアフリカの一部の国で使われ始めているというマラリア診断装置。しかし、市場導入への道のりは想像以上に険しいものでした。

人々の苦しみと悲しみを目の当たりにして

世界三大感染症であるマラリアへの取り組みは、世界全体が抱える非常に大きなテーマ。そこではWHOが旗振り役となり大きな目標や戦略を定め、これに基づいて各国の政府や州政府が具体的な政策を講じ、医療現場での診断や治療が行われるという段階的な仕組みがあります。シスメックスが開発した診断装置を市場導入するには、おおもととなるグローバルかつ巨大なネットワークに働きかけ、製品の重要性を認めてもらう必要がありました。
 
「WHOの担当者とのコミュニケーションはもちろん、マラリア関連団体やキーオピニオンリーダーの方々との関係構築に尽力しました。『シスメックス』という日本企業の名前を知らない方も多く、一朝一夕にはいかないのが実情です。製品の話をする前にまず会社の実績から紹介を始め、地道に信頼を得ていかねばなりませんでした。その中でも、これまで当社が世界190以上の国や地域において販売やサービスの体制を構築してきたことは、大きなアピールポイントになっていると感じます。シスメックスというバックボーンがあることは、マラリアビジネスにおいても大きな強みとなっています」
 
製品を開発した後に、個別の病院や検査施設に販売していくという従来の手法が通用しない、正解のない世界。試行錯誤を重ね、少しずつ道を切り開いてきたという竹内が、「私の原動力」と語るあるエピソードを教えてくれました。
 
「市場調査のためにケニアを訪れた時のことです。ガイド役を務めてくれた現地の関係会社で働くケニア人の男性と、長時間の移動中にお互いのことを話していたのですが、彼は10人兄弟の長男でした。『でも、今残っているのは僕ともう1人だけなんだ』と。他の8人は、子どもの頃にマラリアなどの病気にかかり亡くなってしまったそうなんです。その話を聞いてハッとしました。『2分に1人が亡くなっている』という事実が、それまではどこか遠い国の話だと、現実的に受け止められていなかった。けれど、実際にマラリアで亡くなっている人がいる。そのことに苦しみ悲しんでいる人がいる。リアルな感情を知ったことで、私の中でこのプロジェクトに臨む姿勢が大きく変わりました」



マラリア研究に従事している先生方とも、密に交流を図ってきたという竹内。そのなかで芽生えた使命感もまた、彼女を前へ前へと突き動かしています。「アフリカやアジアの現地まで足を運び対策に当たっている方やワクチン開発に取り組んでいる方など、何十年にもわたり人生をかけてマラリア撲滅に情熱を注いでいる先生方がいます。真摯に患者さんと向き合う先生方と同じくらい強い気持ちで、この診断装置の普及を通じて1人でも多くの方の命を救いたいと日々想いを強くしています」
 
実際にこの装置を使用した先生からは、その性能を評価するコメントが届いており、長時間のトレーニングが不要なため検査が効率的になったという喜びの声も。さらには導入後、「こう使えばもっと便利になる」「こうすれば運用の幅を広げられる」といったポジティブな提案も多く寄せられており、本装置で培った技術をさらに進化させる検討も進められる予定です。

マラリアのない世界を目指す

これまでの歩みを振り返り、「このプロジェクトは、社内外の多くの方のサポートがなければ実現できませんでした」と竹内は力強く語ります。
 
「日本のメンバーだけでなく、海外の販売・マーケティングや学術部門のメンバーたちも自分事として熱意を高く持ち二人三脚で進められたからこそ、ここまで来ることができました。このプロジェクトで学んだことを言語化し、社内に還元して他の事業にも活用していきたいです。マラリアに続いて新しい検査技術を世の中に広め、ヘルスケアの進化に貢献していくことがこれからの目標です」
 
そして、お世話になった先生方へ向けて感謝の言葉を続けます。「マラリア診断装置の開発や薬事承認取得、市場導入では、本当にたくさんの先生方のお力添えをいただきました。マラリア診断装置の構想が始まった当初からずっとサポートしてくださった先生をはじめ、ご支援くださっている皆さまに、この場を借りて心からの感謝をお伝えしたいです」


 
社内外の知見とシスメックスの確かな技術、世の中のニーズに応える想いが合わさり完成したマラリア診断装置。さらなる展望について竹内はこう答えました。
 
「引き続き市場導入に注力し、シスメックスがグローバルヘルスに貢献していることを広く認識されるよう実績を積み重ねていきたいです。どんな困難があっても、何とか形にして世に出して行く。それが、私が感じる『シスメックスらしさ』なんです。自分がやりたいことに前向きに取り組める、あきらめずに切磋琢磨し合える仲間がいるこの場所で、これからもチャレンジを続けていきます」
 
日本での薬事承認取得を機に、アジア・アフリカ諸国での薬事承認取得や市場導入を加速させ、世界におけるマラリア撲滅を実現するために、これからも挑戦は続きます。
  • ストーリーに掲載されている情報は、発表日現在の情報です。
    その後予告なしに変更されることがございますので、あらかじめご了承ください。

ストーリーへ戻る