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2010年Vol.11 No.3

論文

糞便におけるESBL 産生菌のアクティブ・サーベイランスの意義

著者

中村 竜也

関西医科大学附属枚方病院 臨床検査部・感染症管理部

Summary

米国疾病管理予防センター ( CDC ) が 2002 年に耐性菌防止キャンペーンを実施したのは記憶に新しいところである.このキャンペーンの内容は入院患者向けに作成されたものであり,耐性菌感染症は主に病院内感染を中心に考えられてきた.しかし,その後耐性菌の蔓延は院内感染だけでなく,市中感染においても問題視されるようになってきている.例えば,MRSA については,従来から病院内感染菌の代表とされ,検出から治療,感染対策に至るまで最も研究・解析された菌である.どの施設においても耐性菌対策の標準的な菌であり,MRSA 対策に多くの人的,金銭的投資を行ってきた.しかし,その対策効果に対する科学的根拠のある検証はほとんどされていないのが現状である.

一方で,米国微生物学会 ( American Society for Microbiology ) の第46回年次インターサイエンス会議 ( Annual Interscience Conference on Antimicrobial Agents and Chemotherapy;ICAACTM ) で発表された新しい研究では,MRSA 感染のモニタリングには,パッシブ・サーベイランス ( 受動的サーベイランス )や対象を限定したアクティブ・サーベイランスよりも,ユニバーサル・サーベイランスの方がはるかに効果的であることが示されている.このことは,市中にもすでに MRSAが蔓延し,病院内だけの対策には限界があることを意味しており,院内への持ち込みを把握し対策をたてる必要があると考えられる.また,市中へのMRSAの拡散により Community associated MRSA ( CA-MRSA ) 市中感染型 MRSA という概念が提唱された.この CA-MRSA は,若年者から高齢者まで幅広く感染症 ( 特に皮膚・軟部組織感染症 ) を発症し,時には重症化する.MRSA を例に挙げたが,近年薬剤耐性菌は,グラム陽性菌からグラム陰性菌にその話題がシフトしつつある.本来,グラム陰性菌はエンドトキシンをはじめ生体に悪影響を及ぼす物質を多く産生し,病原性は高いと考えられている.しかし,抗生物質の登場以降,比較的多くの抗菌薬に感受性があるために,MRSA や VRE よりも軽視されてきた.近年多剤耐性化したグラム陰性菌が多く報告され,第2の MRSA といわれるような菌 ( OXA型 carbapenemase 保有 Acinetobacter や NDM-1 保有腸内細菌 ) も登場し,問題視されるようになってきた.その代表とされるグラム陰性の薬剤耐性菌に,基質拡張型β-ラクタマーゼ ( Extended spectrum β-lacatamase, ESBL ) 産生菌がある.世界的にも増加傾向にあり,近年では CTX-M15 O25:H4 ST131 型といわれる特定のクローンが全世界的に拡散しているとの報告も存在する.グラム陰性菌が関与する感染症は尿路感染症や下部消化管感染症などであり,グラム陰性桿菌が本来腸管内に多く存在することが原因である.

ゆえに,腸管内への耐性菌の定着はこれら感染症に対する抗菌薬選択を困難にし,治療の遷延化を意味することとなる.また,腸管内への耐性菌定着は汚染された食物の経口摂取と関係しているという報告もある.耐性菌に汚染された食物が輸送手段の発達により,プラスミドが伝播する以上の速さで世界的に拡散している可能性が示唆される.それらが,院内だけでなく市中への耐性菌の拡散に関与していると考えられる.以上より,MRSA や VRE などで行われてきたアクティブ・サーベイランスを,糞便中のグラム陰性菌に対しても実施することは,感染症治療や感染対策において有用であると考えられる.そこで, ESBL 産生菌に関する近年の疫学情報と当院入院患者における糞便中 ESBL 産生菌のスクリーニング結果およびその有用性について述べる.

Key Words

Extended Spectrum β-lactamase, アクティブ・サーベイランス, CTX-M 型, chromID ESBL, 糞便