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2000年Vol.1 No.2

その他

近代血液学の建設者 第5回 白血病研究の歴史-その2-第2次世界大戦後の研究史

著者

柴田 昭

立川メディカルセンター

Summary

「白血病研究の歴史」の第2回は20世紀後半の出来事について述べてみたい. すでに読者もお気づきのように, 20世紀後半, すなわち第2次世界大戦後といえば, それは正に我々がその真只中に生き, 血液学の研究や診療に従事してきた「現代史」に属するもので, 本シリーズの「近代血液学の建設者」のタイトルにそぐわないかもしれない. 然し, 白血病に関する研究は 20世紀後半に於いてこそ, 真の発展を遂げた時代であった. この事実は, 例えば世界的に有名な血液学教科書である Wintrobe の“ Clinical Hematology ”の1942年の初版本と, 最新版の白血病の項とを比べれば一目瞭然である. その量と質の両面において初版本の内容は原形を留めないまでに変貌しているのである. 従ってこの時代を抜きにして白血病の全貌を語ることは出来ないといっても過言ではない. 「現代史」を語るという若干の軌道修正をお許し頂きたいと思う. なお, これに伴って本稿で採用した写真も従来のものとはやや趣きを異にすることをあらかじめお断りしておく.

現代血液学の特徴の一つは, たとえば前回で述べたVirchow や Ehrlichのような歴史に聳え立つ巨人ともうべき人が少ないということである. これは別に血液学を含めた科学の世界だけのことでなく, 政治, 経済など社会全般にも見られる現象といってもよい. このことはそれだけ社会が成熟したことを物語るものかもしれない. 血液学の研究は一個人の手を離れてチーム研究に移行したのである. しかし自然科学においては, いかにチーム研究の時代になっても, ある特定の個人, すなわちチームの車軸に相当する一人の人物の着想や閃きが原動力となっていることに変わりはない. 本シリーズのタイトルが「建設者」と銘打ってある以上, 本稿でも出来るだけ個人の業績にスポットライトを当てて筆を進めることとする.

自然科学の発展の原動力は大きく 2つに分けることが出来ると思う. その第1は方法論の進歩である. 新しい方法の開発はもちろんであるが, そのほか, 例えば光学顕微鏡のミクロンの単位から電子顕微鏡のオングストロームの単位へと精度のオーダーがあがっただけで, どれだけ科学的知見が豊かになったかを想起すれば, このことは容易に理解できよう. 前回の稿で述べたように「適切な方法論がなければ, 最も美事な概念でさえも机上の空論にすぎない」のである.

もう1つは方法論とは直接関係なく, 新しい理論や概念が科学の進歩に大きな刺激を与える場合である. 例えば20世紀後半に免疫学は大きく進歩したが, それに伴ってそれまで考えもしなかった「自己免疫」という概念を提唱した Macfarlane Burnet の天才的な閃きなどがこれに相当するといえよう.

以下, この2つの観点から述べることとする.