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2000年Vol.1 No.2

総説

がんにおける細胞周期調節因子の異常と分子病理診断へのアプローチ

著者

安井 弥

広島大学 医学部 第一病理

Summary

消化管の病変に対する内視鏡を用いた診断・治療の普及と進歩によって, そこから採取された組織検体を病理医が組織診断する機会が著しく増加している. 広島県腫瘍登録委員会では, 病理医が診断した腫瘍を良性・悪性を問わず病理診断報告書と組織プレパラ ートと共に登録する事業を行っているが, 登録される症例数はこの20年で, 胃癌は 3 倍, 大腸癌は 6 倍, 胃腺腫は20倍, 大腸腺腫ではなんと64倍に増えているのである. これは, 以前ならば手術によってのみ採取されていたものが, 今では多くが内視鏡的に生検あるいは粘膜切除されていることを意味している. 最近第一線の病院や検査センターでは, 消化管の組織が日常の病理診断の過半数を占めているといっても過言ではない.

病理診断は, 病変の確定診断や治療指針に極めて重要であるが, 組織形態のみに依存した診断にはある程度の限界があるのも事実である。良性と悪性の境界領域病変としか言えない形態を示す病変は稀ではなく, また, 病理医間で診断基準に若干のズレも存在する. さらに, 形態のみでは悪性度や予後に関する情報に限界のあること, 癌の存在診断に不向きであることも弱点である.

最近の15年間の分子病理学的研究の積み重ねにより, 消化管癌の発生・進展の過程におけるジェネティックあるいはエピジェネティックな異常の詳細が明らかになってきた. 癌の最も大きな特性のひとつである過剰増殖に関しても, 増殖因子・レセプター, 細胞周期調節因子, アポトーシスなどの面から様々な研究成果が得られている. 特に, 細胞周期の調節については, 種々の正と負の調節因子や下流に存在する遺伝子制御機構などが明らかになり, これらの消化管癌における異常とその意義も大略がわかってきた. これを組織検体において解析し, 形態像を併せて診断に応用することが可能である.

本稿では, 細胞周期調節因子の異常を病理診断の最大のターゲットである消化管癌について概説し, その遺伝子診断へのアプローチとして, 我々が行っている消化管の分子病理診断を紹介し, 今後の展望を述べてみたい.

Key Words

細胞周期調節因子, 分子病理診断, 消化管癌