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2009年Vol.10 No.2

総説

分子系統解析に基づいた細菌の分類と同定

著者

大楠 清文, 江崎 孝行

岐阜大学大学院 医学系研究科 病原体制御学分野

Summary

地球が誕生したのが約45億年前とされており,最古の細菌は約35億年前に現れたことが確認されている. よって,細菌は地球誕生から約10億年かけて,自己複製能力を身につけた生命体として進化を遂げたことになる. 一万メートルの海底から成層圏の彼方まで広く分布する細菌は,色々な環境に適応しながら人間社会のあらゆる場面において,良きにつけ,悪しきにつけ,多大な影響を与え続けている. 「細菌」 ( microbe ) という語は,1879年に外科医セディヨーが医学アカデミー会員として「パスツール氏の研究が外科学の進歩に与えた影響について」と題した講演のなかで初めて用いられた. この 19世紀末から20世紀初めは,細菌学の創始者パスツールとコッホの研究と貢献に引き続いて,病原細菌発見の黄金時代と呼ばれている. すなわち,炭疽 ( 1876 年 ),腸チフス ( 1880 年 ),結核 ( 1882 年 ),コレラ ( 1883年 ),ジフテリアおよび破傷風 ( 1884 年 ),ペスト( 1894 年 ),梅毒 ( 1905 年 ) といった感染症の原因菌が短期間のうちに次々と発見された. こうして特定の病気は特定の細菌に起因することが実験的に証明されたのである. この頃の細菌の記載方法は,病原細菌を一般の細菌と区別するために,形態と生化学性状を中心としたものであった. その後,多数の性状をコンピュータ化した数値分類,細菌の細胞構成成分を指標とした化学分類,さらに遺伝子増幅法や自動塩基配列決定技術の急速な進歩の影響を受けながら,ゲノム細菌学ともよぶべき時代を迎えている.

本稿では,これら細菌の分類体系の変遷と最近の動向を概説しながら,分類で頻繁に用いられる微生物学用語の解説や菌名の正しい表現方法,新種の提唱方法,インターネットや文献を利用した正式な菌名の検索,さらには病原細菌分類の問題点などについて紹介したい.

Key Words

細菌, 分類, 同定, 国際細菌命名規約, 分子系統解析