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がん遺伝子パネル検査で分かる2つのこと

がん遺伝子パネル検査の結果から患者さんに合った治療選択や患者さんのがんの個性を知ることができるようになってきました。このページではがん遺伝子パネル検査で分かることについて説明していきます。これらの情報が、がん遺伝子パネル検査をより深く知るきっかけとなり、患者さんに合った検査の選択や検査結果の理解に役立つことを願います。

遺伝性腫瘍とは

がん遺伝子パネル検査の主な目的は、がん細胞に生じた遺伝子変異を検出し、治療に役立つ情報を得ることです。標準治療がない、もしくは終了した方(終了見込みの方も含む)を対象に保険診療で行われているがん遺伝子パネル検査では、約10%の患者さんが新たな治療につながっています。一方、がん遺伝子パネル検査を受けた約5%の患者さんに遺伝性腫瘍の原因となる遺伝子の変化が見つかっています1)

1)「がんゲノム医療と遺伝性腫瘍の関連」桑田 腫瘍内科, 29(1): 90-95, 2022

遺伝性腫瘍とは
コラム
遺伝性腫瘍ってなに?

特定の遺伝子に、生まれつきがんになりやすい変化を持つことで発症するがんを「遺伝性腫瘍」といいます。生まれつき持つ遺伝子の変化はすべての細胞に存在し、親から子どもへ50%の確率で遺伝します。ただし、このような遺伝子の変化をもっている人がすべてがんを発症するわけではありません。一方、体の一部の細胞に、生まれた後に生じた(生まれつきでない)遺伝子変異が原因で発症するがんは、遺伝性腫瘍ではないため、この遺伝子の変化は子どもには遺伝しません。

主な遺伝性腫瘍として、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(Hereditary Breast and Ovarian Cancer:HBOC)、リンチ症候群、家族性大腸腺腫症などが知られています。

「分かるメリット」と「知らないでいる権利」

遺伝性腫瘍であると分かる、つまり、あなた自身ががんを発症しやすい体質であり、その体質は血縁者に遺伝する可能性があると分かることは、あなたや血縁者にとって次のようなメリットがあると考えられます。

分かるメリット

  1. あなたの治療の選択に役立つ場合があります。
  2. がんを発症しやすい体質を理解し、将来発症するがんに備えることで、早期発見につなげられます。
  3. 血縁者があなたと同じ遺伝子の変化を持っているかどうかを確認するための検査(血縁者検査)があります。
    血縁者検査を行うと、がん発症リスクに応じた予防や早期発見につなげられます。

遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の例

HBOCはBRCA1またはBRCA2という遺伝子の変化が原因で、乳がんや卵巣がん、前立腺がん、膵がんの発症リスクが高くなる体質を持つ遺伝性腫瘍症候群です(図1)。BRCA1またはBRCA2(BRCA1/2)の変化を持つ方にこれらのがんが発症した場合、特に効果が期待できる治療薬があります。実際に投与可能(「適応がある」といいます)かどうかは、その他の様々な条件により異なります。担当医にご相談ください。

遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の例

がん遺伝子パネル検査で「遺伝性腫瘍の可能性がある」との結果を開示された患者さんの声

がん遺伝子パネル検査で「遺伝性腫瘍の可能性がある」との結果を開示された患者さんの声

知らないでいる権利

遺伝性腫瘍であると知ることは、ご自身や血縁者にとって不安などのストレスになるかもしれません。そのため、あなたには、結果を「知らないでいる」という選択肢もあります。あなた自身や血縁者の心と身体への影響を考えながら、がん遺伝子パネル検査前に、結果を知りたいかどうかを担当医とよくご相談ください。なお、検査前に「知らないでいる」と回答した場合でも、検査後に気持ちが変われば、遺伝性腫瘍に関する検査結果を聞くことができます。
遺伝性腫瘍について心配なことがある場合には、がん遺伝子パネル検査を受ける前に遺伝カウンセリングで専門家にご相談ください。

がん遺伝子パネル検査で得られる遺伝性腫瘍に関する情報

保険診療で使えるがん組織を用いたがん遺伝子パネル検査は2種類あります。1つはがん組織の遺伝子情報だけを使用するTumor only(T only)検査、もう1つはがん組織と正常細胞の遺伝子情報を使用するTumor/Normal(T/N)ペア検査です。後者のT/Nペア検査では、正常細胞として採血で得られる血液細胞を利用します。
どちらの検査でも遺伝性腫瘍の原因となる遺伝子の変化(「二次的所見※1」といいます)が見つかることがあります。ただし、T only検査ではがん組織の遺伝子情報だけで、生まれつきの遺伝子の変化に関する情報がないため、二次的所見の疑いの結果開示後には、生まれつきの変化であることを確認する検査(確認検査)を行う流れがあります。詳細は、厚生労働省の研究班より「がん遺伝子パネル検査における二次的所見に関連する説明・同意のフロー」で紹介されています(表1)。

※1 がん遺伝子パネル検査で得られる結果

  • 一次的所見:診断や治療に直接関わる、主にがん細胞のみに特有の遺伝子変異の情報
  • 二次的所見:本来の目的(一次的所見)ではないが、解析対象となっている遺伝子に見つかる生まれつきの体質・健康状態に影響をおよぼす可能性のある情報(主に遺伝性腫瘍の原因となる遺伝子に変化があるかどうか)
がん遺伝子パネル検査で得られる遺伝性腫瘍に関する情報

表1. がん遺伝子パネル検査における二次的所見*に関連した説明・同意のフロー4)

T only検査 T/Nペア検査
①検査前説明 二次的所見の疑いが生じうること
確認には、追加の確認検査**が必要なこと
二次的所見が生じうること
②検査前同意 二次的所見の疑いについて聞くか? 二次的所見を聞くか?
③検査の実施
がん組織のみを用いて実施
がん組織のみを用いて実施
がん組織と血液を用いて実施
がん組織と血液を用いて実施
④エキスパートパネル 二次的所見の疑いがあるか?
確認検査が実施可能か?
二次的所見があるか?
⑤結果の開示(同意がある場合) 二次的所見の疑いがあること 二次的所見
(一次的所見と同時でなくてもいい)
⑥結果開示後の同意 確認検査を受けるか? -
⑦確認検査の実施 採血して実施 -
⑧確認検査の結果開示 二次的所見 -

*この表での「二次的所見」とは開示すべき(治療法のある)二次的所見を意味する。
**確認検査:がん遺伝子パネル検査の結果より遺伝性腫瘍が疑われた際に、追加で行われる遺伝学的検査(生まれつきの遺伝子の変化かどうかを調べる検査)を指す。

4)「ゲノム医療におけるコミュニケーションプロセスに関するガイドライン ―その1:がんゲノム検査を中心に―(改訂第3版)
20210908版」における「別表1 がんゲノム検査における二次的所見に関連する説明・同意のフロー」より改変

2つのがん遺伝子パネル検査から得られる情報の違い

T only検査(がん組織のみを使用するタイプの検査)

遺伝性腫瘍に関連する遺伝子の変化が見つかったとしても、それが生まれつきかどうかは確定できません。このため、確定診断には、採血による確認検査が必要です5)

T/Nペア検査(がん組織と血液を使用するタイプの検査)

遺伝性腫瘍に関連する遺伝子の変化が見つかった場合、それが血液細胞で検出されていれば生まれつきの変化であることが確定します。このため、エキスパートパネル※2で遺伝性腫瘍の原因となると確定されれば、確認検査は不要です5)

5)ゲノム医療におけるコミュニケーションプロセスに関するガイドライン―その1:がんゲノム検査を中心に―(改訂第3版)20210908版

※2 エキスパートパネル:がん遺伝子パネル検査の結果を検討し、推奨される治療や遺伝性腫瘍の可能性を判定するために、がん治療、遺伝学、病理、遺伝カウンセリングなどの専門家で構成される検討会

2つのがん遺伝子パネル検査に共通した注意点

治療選択のために行われるがん遺伝子パネル検査は、遺伝性腫瘍の確定を主目的とした検査ではありません。そのため、遺伝性腫瘍の診断に特化した遺伝学的検査に比べると、遺伝性腫瘍に関連する遺伝子の変化の検出能力には限界があります。
また、がん遺伝子パネル検査には、約100種類ある遺伝性腫瘍に関連する遺伝子の一部のみが含まれています。このため、たとえがん遺伝子パネル検査の結果で遺伝性腫瘍の可能性が報告されなかったとしても、遺伝性は完全には否定されません。

遺伝学的検査とは

血液などを用いて生まれつき持っている遺伝子や染色体の情報を調べる検査を「遺伝学的検査」といいます。遺伝学的検査により遺伝性腫瘍の体質が確定すると、ご自身に適切な予防や治療などの対策をとれる可能性があります。また、血縁者が同じ遺伝子の変化を持っているかどうかも、遺伝学的検査(血縁者検査)で確認できます。
遺伝学的検査を受けるかどうかの相談は、遺伝カウンセリングが窓口です。この検査は、一部を除いて検査費用を全額負担する自費診療で行われることにご留意ください。

検査例:BRCA1/2遺伝子検査

特定の治療薬(PARP阻害薬)の適応の判定補助やHBOCの診断を目的として、一部のがん種の患者さんを対象に実施されます。一定の基準を満たす患者さんには、保険診療での実施が可能です。一方、基準外のがん患者さんやがん未発症の方は、自費診療で検査ができます。

検査例:BRCA1/2遺伝子検査

遺伝性腫瘍の可能性があると結果開示されたとき

がん遺伝子パネル検査により「遺伝性腫瘍の可能性がある」と結果開示された後の、患者さんと血縁者への一般的な対応の流れをご紹介します。がん遺伝子パネル検査前に、ご自身や血縁者のがんの発症状況などから遺伝性腫瘍が疑われた場合は、その時点で遺伝カウンセリングや遺伝学的検査が担当医から提案されます。

がん遺伝子パネル検査後の流れ

あなたがT only検査で遺伝性腫瘍が疑われた場合やT/Nペア検査で遺伝性腫瘍が確定した場合には、保険診療で遺伝カウンセリングを受けることができます(図2a)。確定のための確認検査は、原則自費診療です。遺伝カウンセリングの詳しい内容は、「遺伝カウンセリングとは」をご参考ください。

血縁者の遺伝カウンセリングと遺伝学的検査

あなたが遺伝性腫瘍と確定した段階で、希望があれば、血縁者も遺伝カウンセリングや血縁者検査を受けられます(図2b)。血縁者の遺伝カウンセリングや血縁者検査は、全て自費診療です。同じ遺伝子の変化を持つことが判明した血縁者は、予防や早期発見に向けた対応について医師と相談を開始することになります。一部のがんでは、予防手術や検診(注意深い監視を意味する「サーベイランス」という用語が使われることもあります)が推奨されていますが、未発症のがんに対する医学管理も、原則として自費診療です。また、がんの発症リスクは、原因遺伝子の他、年齢や性別、臓器などによって異なるため、一人ひとりの状況に合わせた対応が望ましいと考えられています。
なお、血縁者への遺伝カウンセリングでは、しばしば、居住地が離れている、仕事などで病院を受診する時間が取れないなどの課題がありますが、最近は電話やオンラインによる遺伝カウンセリングなども試みられています。医療機関にご相談ください。

図2. 患者さんと血縁者の、がん遺伝子パネル検査後の流れ(例)

a. 遺伝性腫瘍の可能性があると報告された患者さんの場合

T only検査
T/Nペア検査

b. 遺伝性腫瘍が確定した患者さんの血縁者の場合

遺伝性腫瘍が確定した患者さんの血縁者の場合

*エキスパートパネルでの検討の結果、疑いあり、または確定とされた場合。
**自費診療で実施される遺伝学的検査。結果説明や検査以後の遺伝カウンセリングも自費診療となる。

遺伝カウンセリングとは

遺伝カウンセリングでは、遺伝や遺伝性の病気に関わる悩みや不安、疑問などを持たれている方々に、正確な医学的情報を分かりやすく伝え、理解できるようサポートします。その上で、気持ちを聴きながら、自らの力で医療技術や医学情報を利用してご自身や血縁者の問題を解決していけるよう、心理面や社会面での支援をします。例えば、がんの遺伝カウンセリングでは、以下のようなことが行われます。

  1. 相談者の過去の病歴や家系内にがんを発症した方がいるかどうかの確認(家系図の作成)
  2. 遺伝性腫瘍に関する情報の提供(がんの遺伝のしくみ、がんの発症リスク、リスク低減や予防の方法、血縁者への影響、保険や社会的支援の状況など)利用できる遺伝学的検査の内容
  3. 遺伝学的検査や相談者にあった医学的管理(予防手術、検診・サーベイランスなど)についての意思決定の支援

また、遺伝カウンセリングの内容は医療情報であるとともに重要な個人情報であるため、厳重に保管・管理されます。あなたに断りなく、ご家族や第三者へ伝えることはありません。あなたは、安心してご自身の考えや気持ちを遺伝カウンセリング担当者に話すことができます。

遺伝カウンセリングはいつ受ける?

遺伝学的検査における遺伝カウンセリングは、通常、検査の前後に実施されます。しかし、がん遺伝子パネル検査の場合は、治療の選択が主目的であるため、検査前に遺伝性腫瘍が疑われていなければ、検査後に遺伝性腫瘍の可能性が判明して初めて遺伝カウンセリングを受けることになります。
医療機関によっては、がん遺伝子パネル検査前に遺伝カウンセリングを行い、遺伝性腫瘍に関して詳しく情報を提供しています。
遺伝カウンセリングの実施状況については、各医療機関にご確認ください。自費診療での遺伝カウンセリングは、いつでも何回でも受けることができます。
特に、遺伝性腫瘍では医学的な管理が長期にわたるため、遺伝カウンセリングも継続して行うことがしばしばあります。

遺伝カウンセリングはいつ受ける?

参考文献

小冊子:がん遺伝子パネル検査を適切に利用するために(非売品)

監修:井本 逸勢先生(愛知県がんセンター研究所)