




いま女性が一番かかりやすいがんが「乳がん」です。30代から徐々に増えて、40〜50代でピークになりますが、定期的に検診を受けている人はそれほど多くありません。自分には関係のない話……と思わずに、一度じっくりと向き合ってみませんか。
1乳房と乳がん 年々患者数が増えている乳がん。確実に治療するためには、早期発見こそが大切です。乳房の大切な役割 乳房には、赤ちゃんを育てるための乳汁をつくり、分泌するという大切な役割があります。また、女性のシンボルとして肉体的にも精神的にも大きな意味を持つ器官です。乳汁をつくる「小葉」、乳汁を運ぶ「乳管」、乳汁の分泌口「乳頭」からなっており、全体は柔らかい皮下脂肪で包まれています。増えている乳がん 乳がんは、女性が最もかかりやすいがんで、近年、徐々に患者数が増加しています。40〜50代でかかることが多く、ほかのがんに比べて若いのが特徴です。日本人の乳がんの多くは、「乳管」の上皮組織から発生します。発生してまもないときは、乳管上皮を覆う線維「基底膜」の内側だけで広がります。この段階を「非浸潤がん」といい、やがて段階が進むと基底膜を破って増殖する「浸潤がん」となります。基底膜の外側には血管やリンパ管があるので、ここにがん細胞が入ると、血液やリンパ液の流れに乗って全身に転移しやすくなります。しかし「非浸潤がん」の段階で発見すれば、ほぼ100%の救命が可能。つまり乳がんは、早く発見して適切な治療を受けることこそが大切なのです。
2症状と検査 初期の乳がんは、適切な治療で100%近い救命が期待できます。確実な早期発見をめざして、検査・診断方法も日々進化しています。乳房の病気の症状乳腺外来を訪れる患者さんが訴える症状で、一番多いのは「乳房の痛み」です。続いて「乳房のはれ」「違和感」「硬い感じ」「しこり」「乳頭からの分泌物」などがあげられます。乳房の病気には、乳がん以外にも乳腺症や線維腺腫などがありますので、医師は患者さんの症状や年齢、生活環境などさまざまな要素を考え合わせておおよその病気を予測します。例えば生理の周期に合わせて起こる乳房のはれや痛みは「乳腺症」の可能性があります。また、若い人でコロコロと動くクリッとしたしこりがある場合は、「線維腺腫」を疑います。もちろん症状を聞くだけでは正確に病気を診断できません。さまざまな検査方法を組み合わせて、診断の精度を上げることが大切です。【乳腺外来の診察手順】1視診・触診 2マンモグラフィ 3乳腺エコー検査 異常が疑われる場合 4細胞診検査・針生検
1視診・触診 皮膚や乳頭に異常がないか、乳房は左右対称か、はれやしこりはないか…。医師が目で見て、手で触ることで異常の有無を調べます。
2マンモグラフィ(乳房X線検査) 左右の乳房をできるだけ圧迫した状態でX線写真を撮り、腫瘤や石灰化、乳腺構造の乱れなどの異常な影を読み取ります。結果は良性〜悪性まで5段階で表します。診断の精度を上げるためには、診療放射線技師の高い撮影技術と、写真を読む医師の経験と知識が欠かせないため、現在、NPOマンモグラフィー検診精度管理中央委員会を中心に講習会が行われています。認定制度も浸透してきました。現在の乳がん検診では従来の視触診とこの検査の併用がすすめられています。 マンモグラフィは乳房専用のX線撮影装置です。乳房はやわらかい組織でできているので、専用の装置を使って透明な板に挟んで撮影します。 多少痛みを伴うこともありますが、十分圧迫することにより、きれいな写真を撮ることができ、正確に判断することができます。
3乳腺エコー検査 乳房に超音波をあて、はね返ってくる音波を画像化して診断する検査です。機器の発達とともに、数ミリ程度の小さな病変まで正確にとらえられるようになりました。細胞を採取する必要がある場合、針先を画像で確認しながら正確に操作するためにも使います。4細胞診検査・針生検 ①〜③の検査で悪性が疑われるときには、実際の細胞を顕微鏡で調べる必要があります。まず採血用の細い針で細胞を採取して「細胞診」を行います。それでも不確実なときや、最終診断ができないときは、太めの針で組織を採取する「針生検」や、しこりを全部採取して調べる「摘出生検」という手術をする場合もあります。
3乳がんのすすみ方 がんの進行度によって治療開始後の経過を予測し、進行度に応じた治療が選ばれます。発見される時期によって、進行度(臨床病期)が定められています。 【乳がんの進行度(臨床病期)】期/状態/10年生存率 0期/非浸潤がん(乳管内部だけで広がっているもの)/100% Ⅰ期/しこりが2cm以下で、腋窩(えきか)や頸部リンパ節に転移を認めない状態/90% ⅡA期/しこりが2cm以下だが、腋窩リンパ節に転移を認める状態。またはしこりが2~5cmで腋窩や頸部リンパ節に転移を認めない状態/70-75%。 ⅡB期/しこりが2~5cmで、腋窩や頸部リンパ節に転移を認める状態。またはしこりが5cm以上で腋窩や頸部リンパ節に転移を認めない状態/70-75% ⅢA期/しこりが5cm以上で、腋窩リンパ節に転移を認める状態。または大きさに関係なく腋窩リンパ節の転移がひどい状態/40-50% ⅢB期/しこりが皮膚や胸壁に浸潤している状態。頸部リンパ節に転移を認める状態/40-50% Ⅳ期/肺や肝臓・骨などの遠隔臓器に転移を認める状態/15%
4乳がんの治療法 乳がんの治療の3つの柱は、手術、薬物療法、放射線療法です。これらを組み合わせて最大限の効果が期待できる治療を行います。【手術】 乳房の病巣を取り除く 手術は、がんをできるだけ取り除くための方法です。乳房内の原病巣を確実に取り除くために、従来はたとえ1cmのがんでも乳房を切除していました。しかしここ10数年で臨床試験の結果から、乳房内から完全にがんを切除できれば、乳房を温存した場合も、すべて切除した場合と同じ成績になることが証明されています。現在では約2/3の患者さんが、乳房温存手術を受けています。温存手術が増えた背景には、検診や女性の乳がんに対する意識の向上で、がんが比較的小さな段階で見つかることが多くなったこと、さらに手術前に化学療法を受けることで、がんを小さくできるようになったことなどもあげられます。 リンパ節を取り除く 「腋窩リンパ節」も、乳がんのコントロールのために重要な部分です。乳がんが最も転移しやすい場所で、全体の約35-40%で転移が認められるからです。そのため、今までの乳がんの手術では、腋窩リンパ節をすべて切除すること(腋窩郭清)が標準治療でした。ただし、リンパ節を切除すると、切除側の腕がはれたり、肩関節が動きにくくなるなど、合併症や後遺症がおこることがあります。また「重いものを持てない」「切除側の腕から点滴を受けることができない」など、日常生活面でも制約を受けてしまします。「転移さえしていなければ、腋窩リンパ節をすべて切除する必要はないのでは?」そんな疑問から、転移の有無を調べる研究
もすすみました。最近では、病巣のがん細胞が最初に流れつくであろうリンパ節(「センチネル(見張り)リンパ節」といいます)に転移していなければ、95%以上の確率で他のリンパ節にも転移していないことが分かっています。そのため、CT検査などで転移がなさそうだと思われる場合は、手術中にセンチネルリンパ節を見つけ出して検査し、転移がなければ腋窩郭清を行わない「腋窩温存手術」が広まってきました。腫瘍の周囲に色素(メチレンブルー)やRⅠコロイドを注入して、センチネルリンパ節を見つけます。手術後の生活を守るために 手術の手法が研究され、発展してきたことで、早期退院が可能になると同時に、術後のQOL(Quality of Life=生活の質)の改善がはかられるようになりました。がん病巣が広く、乳房切除を行わなければならない場合でも、「乳房再建術」という方法で乳房を作ることもあります。生食バッグなどの人工物を入れたり、自分の腹直筋や広背筋を使って乳房を作成するのです。
【薬物療法】 内分泌療法 乳がんの多くは、比較的早期から「全身病」の性質を持ち、肺や肝臓、骨など全身に微小転移を起こしています。そのため手術でしこりやリンパ節をとるだけで完治を望むのは難しく、その前後の薬物療法が重要になります。乳がんの薬物療法で特徴的なのは、内分泌療法(ホルモン療法)です。乳がんの60〜70%は、女性ホルモンの影響で増殖する性質があります。つまり、女性ホルモンを抑制すれば、がん細胞を抑える効果が期待できるのです。ただし、女性の体の環境は閉経前後で大きく異なるため、それに合わせた薬が必要になります。 化学療法・抗体療法 いわゆる抗がん剤を使った化学療法も、乳がんには比較的効果があり、さまざまな薬剤をうまく組み合わせて最大限の治療効果が得られるように工夫されています。また、抗体を使った新しい治療薬として「ハーセプチン」も注目されています。乳がんが増殖する原因のひとつ「erbB-2」が、がん細胞表面の「HER2」というたんぱく質と結合するのを防ぐための抗体です。HER2が多く見られるタイプの乳がん患者に用いられ、効果を上げています。
【放射線治療】 再発を防ぐために 乳房温存療法を受けた場合、残した乳房からがんが再発するのを防ぐために放射線治療を行います。従来の標準法では、1回2Gy(グレイ)×25日間、合計50Gyの外部照射を行います。また最近では、術後翌週から約3日間で完了する組織内照射法もあり、皮膚や肺への副作用を抑える工夫もとられています。頸部リンパ節や局所胸壁の再発・骨転移巣への放射線治療など、乳がん治療には欠かせない治療法の一つです。
チームワーク医療が大切 内分泌療法や化学療法には副作用がつきものです。薬物療法は推奨される治療法を必要回数または必要年月行うことで、乳がんからの救命や生命延長を可能にします。副作用を最小限に抑えてうまくマネージメントするためには、治療に関わるスタッフが協力し合うことが大切です。看護師、医師、薬剤師、患者、家族など職種や立場を超えたチームワーク医療をどのように実現するか—。これは、最近の医療現場のホットな話題です。専門病院では「外来治療室」などの専門設備や専任スタッフを備えた管理体制もできつつあります。切除したがんを詳しく病理検査し、がんの性質を正確に評価することは治療法の決定に欠かせません。病理スタッフと綿密な連携をとることも、主治医の重要な仕事です。
5早期発見のために 乳がんは、早期に治療をスタートすることが何よりも大切です。月に1度は自己検診、年に1度は医療機関での検診を受けましょう。 こまめな検診を 乳がんになる原因が全て解明されていない現状では、早期にがんを発見して治療を始めることが重要です。従来、日本の乳がん検診は視診と触診のみの検査でしたが、それでは早期発見につながらず、検診の効果がないことが証明されました。現在は厚生労働省からの通達で、40歳代は視診触診とマンモグラフィ2方向撮影、50歳以上の方は、視診触診とマンモグラフィ1方向撮影による検診を2年に1回行うことが勧告されています。多くの自治体でマンモグラフィ検診が受診できるようになりました。(30歳代や40歳代にはエコー検診を加えることが現在研究されています)検診を受診することはもちろん大切ですが、自分で自分の大切なおっぱいを月に一度は定期的に見て触る「自己検診」をおすすめします。
【自己検診のしかた】 1乳房を鏡で注意深く見る ●鏡の前で、大きさ、左右の違いなどを見ます。●腕を上下させたり、上半身を左右に回転させたりして、くぼみや乳頭のへこみ、皮膚の異常がないかを見ます。●乳頭に湿疹などがないかもチェックし、分泌物が出ていないかも見ます。 2せっけんを体につけながら触る ●入浴時に両側の乳房にせっけんをつけながら行います。●まず腕を下げ、反対側の指をそろえて、指先の腹側で静かに軽く圧迫し、しこりがないかを調べます。●乳頭を中心に円を描くようにするか、肋骨に沿って外側から内側へ動かすようにします。●チェックする範囲は、鎖骨から乳房の下、腋の下から胸骨のところまでです。 3あおむけに寝て触る、乳頭を調べる ●仰向けに寝て、調べるほうの肩の下にバスタオルを入れます。●まず腕を下げた状態で、入浴時の触診と同じことを行います。●次に、腕を上げて同様に行います。●乳頭をつまんで、分泌液が出ないかどうかを見ます。
6乳がん治療のこれから バイオテクノロジーがめざましく進歩するなか、乳がんの治療の現場でも、次々と新しい治療法が試みられています。トランスレーショナル・リサーチで広がる治療 バイオテクノロジーの進歩とともに、乳がんの診断法、治療法も進歩してきました。例えば、乳がんの治療方針決定・予後予測のために最も重要といえる転移状況の検査です。現在、腋窩リンパ節への転移状況を調べるためにHE染色法あるいは、免疫染色法による病理組織診断が行われていますが、微小な転移も見つけ出す新しい方法として、遺伝子増幅法「RT-PCR法」「OSNA法」などの研究も進んでいます。また、乳がんは全身病の性質が強いため、末梢血や骨髄中の小さながん細胞を検出できれば、より適切に病状の判断が期待できます。また、遺伝子解析技術「マイクロアレイ解析」を使えば、数千もの遺伝子発現のパターンを明らかにでき、研究が進めば、薬物治療の効果やがん細胞の活動の予測にも役立つことでしょう。よりよい治療法の実現をめざして、基礎的な研究成果を臨床の現場へ橋渡しするための取組みが「トランスレーショナル・リサーチ」です。その成果が今後の臨床に活かされていくことが期待されます。
見つめましょう、自分のからだのこと。 少しでも早くがんを発見するための検査技術や、体と心に与える負担が少ない治療法など、日々進歩する乳がん治療の現場について、できるだけ分かりやすく紹介しました。乳がんは内臓にできるがんと違い、日ごろの注意があれば自分で発見することも可能です。そして早く発見すれば、それだけ完治できる可能性も高くなります。むやみに恐怖心を持たず、異常を感じたらすぐに専門医に相談してほしいと思います。この冊子が、あなたの大切な体のことを見つめなおすための、小さなきっかけになれば幸いです。国立病院機構 大阪医療センター 乳腺専門医 増 田 慎 三






